目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

人間には五感があるとされ,目,耳,鼻,舌,触覚で周囲の状況を感じ取って日常の生活や危険の判断に役立てています.特に目と耳は離れたところで何が起こっているかを知るのにすばらしい情報源です.光は一秒間に30万Km(地球を7周り半)もの速度で情報を伝達してくれますが,これを利用して古くは地平線の彼方に上がったのろしの煙で外敵の来襲を知ることができました.野球ではピッチャーの投げた時速150 Kmを超える高速球を目で捕らえ,細いバットで正確に打ち返しますが,光の速度がボールよりはるかに速いから出来ることです.音の速度は光に比べるとはるかに遅く,せいぜい秒速340mほどですが,それでもわれわれの行動空間では十分高速で,オリンピックスタディアムでは何百人ものマスゲームが音楽に合わせて一斉に演技できます.

人間に限らず生物は環境に適応して生命を維持するため,周辺情報をキャッチする官能器官を備えています.基本的には物理的な刺激か化学的な反応を微弱な電気信号に変え,このあと信号の解析により遺伝子的な自発命令(自律神経系)か後天的な判断(大脳皮質系)により行動を起こします.後天的な判断は知識と経験の深さによって質が決まりますが,人間は長い期間教育を受けますので,他の動物に比べればはるかに賢明な判断を下すことができます.信長の桶狭間の勝利などは情報と決断の見事な融合によるものでしょう.

情報をキャッチして電気信号に変換する道具をセンサーと呼んでいますが,電子回路に組み込まれたものだけでなく,結構生物は神経回路に組み込んで古くから同じ目的を達してきました.むしろ生物が進化の過程で獲得した機能を人間が道具で真似したのだというべきでしよう.化学の研究を始めたのは人間ですから,人間に備わった感覚器をまず利用したのは当然で,手近な目,鼻,舌を使って物質の本体を探り出そうとしました.そのうち時代の進歩とともにこれらが理学的な道具に代わって現代の姿になっています.

センサーの役目としては,目的物が在るか無いかを判定する場合もありますが,在ることが予測されていて,その量が重要である場合もあります.火災報知器などは前者に属しますが,雨量計などは後者に属します.分析化学の分野では定性分析と定量分析があり,目的の面では別になっていますが,使うセンサーは共通ということもあり,この場合は道具の規格や使い方で定性分析向きや定量分析適格ということになります.

近年は分析機器がコンピュータ制御になり,分析化学反応が行われている本体よりも電子装置を搭載した周辺機器の華やかさのほうが目を惹きますが,根本はセンサーから出た微弱な電気信号を拡大して,画面やプリンターに表示させているので,センサーの出力が正しいことを前提としてわれわれに情報を届けています.従って本当にセンサーの出力は正しいのか,また初め正しかった出力が時間の経過とともに今は間違った方向にずれてはいないのか,絶えず関心を持っていなければなりません.故障の修理などは専門家に委託するとしても,日常の僅かな気配りでセンサーを快適に作動させることに繋がることもあり,分析情報の源泉とも言うべきセンサーについてある程度の知識と扱い方は心得ておくべきです.本稿ではセンサーについて常識的な事項と忘れがちな問題を解説したいと思います.