目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

分析化学という科学は物質の化学反応やそれに伴う変化現象を捉えて,目的物質の種類や存在量を知るためのものですが,方法が定着してしまうと目に付く装置や操作法はどんどん進歩改良が加えられますが,試薬のほうは割合地味で変化が目立ちません.しかし分析方法ができるまでは試薬も随分あれこれ試行錯誤があったはずで,たまたま当面の目的が果たされて問題なく実用されてはいますが,方法が変わるまでこのままで良いというものではなく,更によいものに置き変わって当然です.

元素分析に使われる試薬は分析目的や分析原理によってさまざまですが,品質や製品形態のほか充填法も分析結果に影響がでるので,適正なものをうまく使うことが必要です.試薬は化学反応をさせるためのものですから,消耗するのが当たり前で,どこまで安心して使えるかの見極めも分析者の責任になります.酸化銅や白金触媒のように原理的には消耗しないものもありますが,一般試料を分析し続けると汚れや表面状態が変化して最初の機能が失われるので,頃合を見て充填物を交換したり,洗浄再活を行う必要があります.

キャリヤーガスを用いる分析法が多くなっていますが,ガスも試薬の一種です.最近は高純度のガスが割合手軽に求められるので,昔ほど不純物の除去に苦労はありませんが,それでも不純物ゼロというものは無いので,購入時にはガスの品位が目的に適合するかどうかを確かめておかなければなりません.大量のキャリヤーガスを使う装置では特に気をつける点です.

固体試薬のほとんどは試薬メーカーの製品をそのまま装置に充填すればよいのですが,吸収液や標準液を作ろうというときは,溶媒や力価検定にさらに別の試薬が必要です.いずれにしてもすべての試薬がそれぞれの役割を完璧に果たしていて,はじめて装置全体がうまく機能するわけですから,相応な知識と保全の努力が望まれます.近年はコンピュータ化が進んで,一部の試薬が消耗変質して反応性を弱めても,標準試料で検出感度を逐次修正すれば暫くまともな分析結果が得られますが,これはカチカチ山の狸が泥舟に乗ったようなもので,いつ沈むか分かりません.

 いろいろな分析方法が考え出されて,そのたびに必要な試薬が求められたり作られたりしましたが,分析方法が廃れるとそれらの試薬も要らなくなって,折角苦労して得たものが無駄になることがありました.分析原理としては優れていても毒性や環境汚染への配慮から使えなくなった試薬もあり,結構試薬の分野も苦難の道を歩んできましたが,それでも何とか現代の分析化学を支える名品を作り出してきました.初期の元素分析用試薬はそのまま使えるものばかりでなく,材料を加工して使うものも結構あって,分析技術者の腕の見せどころがありました.こういったことを含めて試薬の歴史と現況を述べてみたいと思います1).