目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

定量分析は目的成分の含量率を正しく言い当てるための化学技術ですが,ただ一つしかない真実の値に迫ろうとしても分析過程でいろいろな不安定要素を取り込み,得た結果に100%の自信を持つことができません.有機元素分析では化学構造の予想された試料の場合,あらかじめ含有率の理論値まで出しますが,分析結果がそれに一致しないと測定上の間違いなのか,それとも試料が予想のものと違うのかと迷います.測定上の通常の間違い範囲が分かっていると,分析結果と理論値の差がその範囲内にあれば試料の化学構造はそのまま支持されますが,この範囲を超える間違いがあると試料の方に原因があるとされます.このときは試料が不純物を含んでいるか,または化学構造が予想と違っているのではないかなどの検討課題に移ります.

許容誤差という言葉が古くからあって,今でも非公式に使われていますが,分析者の立場からすると都合のよい表現です.許容誤差が広いほど理論値と分析値に差があっても苦情を言われないので助かりますが,そのぶん化学構造が少々違っていてもそのまま認めてしまう危険が増えてきます.誠実に努力しても避けられない分析誤差と,化学構造の確定に必要な分析値の精度との接点を,無数の分析例を通じて自然発生的に作り上げたものが,±0.3%の許容誤差で,プレーグル時代から現在もまだ続いています.

分析値は分析化学操作の結果得られるものですから,分析手順に沿ってランダムな間違いが次々と入ってきて結果に影響を与えます.はかりによる試料量のばらつきや,反応条件の不適正,充填試薬の消耗,反応生成物の損失,外部からの汚染,生成物の不完全回収,回収成分の測定値のばらつきなどよく知られた誤差源がいろいろあります.CHN分析計のような複雑なブラックボックスの中では燃焼系,吸収系,分離系,電気系,機械系が一体となっていて,その中で何が起こっているのか覗いて見ることもできません.誤差源はどこにでもあって実態は掴み難いのですが,誤差源どうしは決まった統計ルールによって相互に組み合わされ,結果としてばらつきを持った分析値がわれわれに与えられます1).統計ルールそのものの基礎理論は相当古くからありましたが,最近少し見方を変えて解釈するようになり,新しい用語なども登場してきました.

許容誤差の考え方も一世紀を過ぎた現在,昔のままの±0.3%でよいのかという反省もでています.測定器や装置の進歩でもう少し狭い範囲でよいという方々がある一方,試料量を1 mgまたはそれ以下に引き下げて,なお±0.3%を維持しようと努力しているグループもあり,簡単には割り切れない面があります.また含有率の高い元素と低い元素に同じ許容誤差を与えるのはおかしいとの説もあります2).同じ成分の分析でも測定法が違えば結果のばらつきも異なると思われますが,いくつか気になる点について考えて見たいと思います.