目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

溶液の中のイオン種の濃度を知るのに,電極を挿入して応答信号を測定することは,目的物を分離したり発色させたりする必要がないので便利な方法です.測定対象も水素イオンやハロゲンイオンなど古いものから,近年は各種のイオン選択性電極が開発され,分析化学の領域で広く活用されています.また電極の応答信号は本来微弱なものですが,電子技術の進歩で増幅,演算,記録など情報処理の面でも大きな変革がありました.

イオンの定義は中性の原子や分子から電子が失われて陽イオンになるか,または電子が付着して陰イオンになったものですが,陰極や陽極に引かれて動くことからギリシャ語のion(移動)の名が付けられました.イオンには+や-の電荷があって不安定なものですから,水中では水分子に取り囲まれて水和イオンとして安定化しています.食塩を水に溶かすとナトリウムイオンと塩素イオンに解離し,それぞれは水和イオンとして独立して行動していますが,これを煮詰めて水を蒸発させると水和ができなくなり,ナトリウムイオンと塩素イオンは結合してもとの食塩結晶として析出します.水の中でしか存在しないイオン種は,1887年スエーデンのアレニウス(S. A. Arrhenius, 1859~1927)により電解質論として予言されましたが1),その後多くの化学者によって実証され,1903年ノーベル化学賞を受けました.

電荷をもったイオン種は,溶液に挿入した金属電極やいろいろな伝導性材料と電気化学反応を行い,電荷のやりとりをしますが,結果として電極内の電子が余ったり不足したりすることを測定すると,溶液中のイオンの濃度が知り得ます.水素イオンはガラス電極によって,銀イオンは銀電極によって正確に測定がされます.

陰陽のイオンを含む電解質溶液に異なる金属片を差し込むと金属片の間に電位差(電圧)を生じることは,イタリーのガルバニ(L. Galvani, 1737~1798)によって有名な蛙の実験(図1)から発見されました.最初は蛙の筋肉が生体電気を作ると考えたのですが,間もなくボルタ(A. Volta, 1745~1827)によって異なる材料の金属片が蛙の体液に接してそれぞれ異なる電位を示し,これを繋ぐと回路に電流が流れて筋肉が収縮すると説明しました.ボルタは1800年,硫酸の液に銅板と亜鉛板を入れ,1.1ボルトの電池を作り,これが世界最初の電池となりました(図2).電位差の単位のボルトも彼の名前から来ています.

ガルバニの蛙筋肉の実験 ボルタ電池の構成

電池は乾電池の形でわれわれの生活に多く使われていますが,使用と共に陽極と陰極の電位差が小さくなり,間もなく電流を流さなくなります.それは電極と電解質の間で化学反応を起こす活性物質が減ってしまっているからで,いわば電位差は活性物質の濃度の指標と言うことになります.試料溶液に電極を差し込んで電池を形成させ,その電位差から試料溶液中の目的イオンの濃度を検知したり,試料溶液に反応性物質を加え電位差の変化を記録する滴定などいろいろな分析技術がこれから生まれました.広大な応用分野がありますが,このうち微量分析に関係のある方法について記述します.