目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

酸かアルカリかの判定にリトマス試験紙を浸けるなど一操作で終わるものもありますが,多くは複雑な分析プロセスを決められた順に進めてゆくことになります.そこではフラスコやビーカー,ろ過器や蒸留器,比色セルや滴定容器などの間を溶液として移しかえたり,溶媒を使って洗い出すなどの一連の作業が行われます.分析手順の中で物質移動を連続的に行う方法として,1906年ロシアのツベット(M. Tswett)はガラス管に炭酸カルシウムを詰め,植物色素の混合物を石油エーテルの連続流で分離しました.その後発展した液体クロマトグラフィやガスクロマトグラフィもこの原理で動いています.フローインジェクションはことさら連続流を表に出していますが,原子吸光やプラズマ発光分析でも物質移動に液体と気体の両方を利用しています.しかし有機元素分析ではまだ連続流による分析の概念はありませんでしたが,1831年すでにリービッヒ(J. Liebig, 1803~1873)がCH分析に燃焼管や吸収管を連ね,その中で酸素や空気をキャリヤーガスに用いて物質移動を行っているので,部分的ですが歴史的に見てもこちらの方が連続流の草分けと言っていいでしょう.

連続流の下では化学物質が反応器や充填物の中に留まる時間(滞留時間)の算定や,反応成分を乗せた流体の流量調節,あるいは充填物による流体抵抗や圧力低下,表面吸脱着や細孔浸透による輸送遅延などいろいろ配慮すべき問題がありますが,微量元素分析装置では扱う量が小さいせいかあまり理工学的な解析の対象とされず,実験結果から経験則のようなものを作って方法を築き上げてきました.他の機器分析装置のように大量生産されるものではないので,そこまで苦労して理論を構築しても見返りが期待できないことも理由の一つでしょう.幸いガスクロマトグラフィが1952年ジェームスとマーティン(A. T. James & A. P. Martin)1) によって紹介され,キャリヤーガスの扱い方や装置化の基本が少しづつ分かってきました.尤も最初はカラムから出てきた成分を逐次吸収液に溶解し,それぞれの吸収液の滴定を行っていたので,連続はカラム内の分離の場面だけであとはバッチ作業に頼っていました.分離した成分をキャリヤーガスに乗せたまま熱伝導度セルで検出記録しようとしたのはそれから間もなくのことで,ヘリウムのように化学的に不活性で熱伝導度の著しく大きいキャリヤーガスを使って,それ以外の搬送成分を熱伝導度の差として検出するようになりました.有機元素分析では燃焼成分に水,二酸化炭素,窒素を含みますから,ガスクロマトグラフィによるこれら3成分の定性と定量を実行しようとしたのは至極当然で,1960年頃からいろいろな試みが学術誌に発表されるようになりました.

CHN分析をキャリヤーガスと熱伝導度検出器で行うことは現在常識のようになっていますが,出発点ではプレーグル以来培われた重量法,容量法の高い定量精度を知りながら,それに代わる機器的方法を作り上げる産みの苦しみを多くの研究者,技術者が経験しました.1961年米国ペンシルバニア州立大学で開かれた国際微量化学シンポジウムの成果は全文が一冊の厚い本に纏め上げられ2),その中で世界中の微量化学者が元素分析法の機器化を目指して知恵を絞った経過が残されています.クロマト方式もすでにこの中に一件含まれています.この本はまさに有機元素分析が手作業から機器的方法に移ろうとする前夜の胎動のような歴史的な記述に満ちています.これに刺激されてか1963年には早くもF&M社がクロマト方式によるCHN分析装置の実用機を学会誌に発表しましたが3),1965年再びペンシルバニア州立大学で開かれたシンポジウムでは,展示会でF&M社がこの装置のデモンストレーションを行い参加者の関心を集めました.全く偶然ですが,この学会で新しく差動熱伝導度方式のCHN分析計がわが国4)と米国5)から同時に公表され,これを契機として世界のCHN分析計の開発が急ピッチで進むことになりました.短い期間にプレーグル法からCHN自動分析の時代に変貌したことは驚くべきことです.本稿ではこのあたりの経過とわが国から提案されたポンプシステムを用いるCHN自動分析計について述べたいと思います.