目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

溶液の中の成分濃度は光学的方法や電気化学センサーで古くから測定されていますが,気体中の成分濃度はかなり遅れて可能となりました.二酸化炭素やアンモニアなどは水に溶けやすいので,無理に気体で測定するよりも水溶液にして計るほうが簡単です.水に溶けにくい有機成分でも有機溶媒に溶かして,発色剤を加えるなどで光学測定ができるので,このあたり分析化学者は大抵のケースに対応できる方法を準備しています.気体中の成分濃度をそのまま測定する方法は物理学で結構検討されていますが,さし迫った目的が無かったので学術実験に使われただけで終わり,実用的な検出器には育ちませんでした.

1952年ジェームスとマーティン(A. T. James & A. J. P. Martin)が初めて混合脂肪酸のガスクロマトグラフィを公表した時は,検出器として滴定セルが用いられました1).分離された脂肪酸が滴定セルの中で水に吸収されるとpHが下がりますから,水酸化ナトリウムの標準液を自動的に加えて元のpHまで戻します.標準液の注下量を時間と共に記録すれば,立ち上がりの場所と水平レベルのせり上がり高さから,成分の保持時間と成分量が分かります.自動電位差滴定装置やpHスタットが開発された時期ですから,とりあえずこの方法を採用したのは賢明といえます.

ガスクロマトグラフィに対する関心が急に高まって,脂肪酸以外の中性成分に及ぶと,たちまち汎用性のある成分の検出方法が求められました.必要は発明の母と言いますが,別に発明しなくても物理学者はすでに熱伝導度検出器(Thermal conductivity detector, TCD)を作っていて,分析化学とは違う領域で気体の研究に利用していました2).図1では金属線を電流で加熱して気体を流しています.初期にはカサロメータ(Katharometer)と呼んでいましたが,測定をする道具ですからこの外にも「熱伝導度計」と言ったり,金属ブロックに孔を開けてフィラメントを封入するので小部屋を意味する「熱伝導度セル」と称したり,その時の都合でいろいろな呼び方をしています.何れにしても単一気体や混合気体を透して熱がどのくらい伝わるかの地味な研究に使っていたもので,まさかこれが分析化学領域で重要な検出器に利用されようとは誰も考えなかったと思われます.一方ジェームスもマーティンも化学者ですから,ガスクロマトグラフィを思いついた時,こんな便利なものが物理の世界にあるとは知らなかったのでしょう.

熱伝導度セル

図1 熱伝導度セル

いろいろな気体のうち水素とヘリウムが他の気体に比べて例外的に熱伝導度が大きいことにやっと気がついて,これらをキャリヤーガスとして殆どの気体成分を検出できるようになりました3).無機,有機成分いずれに対しても熱伝導度計が手頃な感度を持ち,安定性,直線性においても優れていることから,初期のガスクロマトグラフには標準的に装備されました.ただ水素に比べるとヘリウムは当時非常に高価なガスで,経費的な制約から水素を用いる研究室もありましたが,水素は爆発性があり,かつ目的成分が化学構造によっては水素化される可能性もあるので,少々無理をしてもヘリウムを使うようになりました.幸いヘリウムは米国の天然ガス中に割合多く含まれ,その分留技術が進んで高純度のものがわが国にも大量輸入されるようになって急速に値下がりし,現在は気軽に利用できるようになっています.

熱伝導度セルは初期に最もよく使われた検出器でしたが,だんだん希薄成分の分析が要求されるようになり,もっと感度の高い検出器が模索されました.水素炎イオン化検出器 (Hydrogen flame ionization detector, FID) という極めて高感度の装置が開発され,少々水素の扱いに注意が必要ですが,有機成分の分析には他に追従を許さない検出器になっています.ここでは有機化合物が高温の水素炎で分解し,不安定な原子状炭素となり,さらに電子を放出して炭素陽イオンとなりますから,水素炎に正負の荷電粒子が含まれ(e-+C+),電気伝導性がもたらされます.炎の中に電極を入れ200 Vほどの直流電圧をかけると,有機成分が現れたとき電流が流れ,これを高感度に検出します.ガスクロマトグラフィでは有機物を対象とする分析が多いので,この検出器は現在熱伝導度セルに代わって主役の坐を占めています.最近流行のキャピラリークロマトではキャリヤーガスの流量が微少で,熱伝導度セルを使うことができませんが,FIDは支障がないのでこの点でも有利です.もう一つ特殊な用途で電子捕獲型 検出器 (Electron capture detector, ECD) がありますが,ハロゲン含有の有機化合物に選択的に応答するので,PCBや塩素系農薬など環境試料のモニタリングに活用されています.検出器そのものはその他にも目的や方法の違ういろいろなものが開発され,毎年のように新しいものが報告されています.

熱伝導度セルは今や古い型の検出器に分類されるようになっていますが,定量分析の視点から見るとその後のどの検出器よりも安定性,直線性,再現性において優れています.感度がやや低い点は認めなければなりませんが,有機元素分析では目的成分が適当にあって感度不足に陥る事態は普通ありません.また燃焼成分が無機ガスですから測定し易い対象です.結局われわれの仕事の領域では,熱伝導度セルから離れることが当分出来ないと思われます.毎日熱伝導度セルから出される電気信号を読み取って,成分量に換算し,分析情報を提供しているのですから,この大切な道具の中身について理解しておくのは重要と思われます.