目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

定量分析は数値を出すことが主目的ですが,数値には精度,真度,不確かさなどいろいろな質的評価がされます.標準試料のようにあらかじめ成分の含有率が分かっているときは,それを基準に分析結果の良い悪いを評価することが出来ますが,未知試料では分析値を出しても推定化学構造が間違っていたり,不純物が含まれていたりすることもあり,結果がこれで正しいのか判定が難しくなります.最近は核磁気共鳴や質量分析装置などスペクトル解析が普及して,試料の化学構造が簡単に分かるようになっていますが,不純物があってもそのスペクトル強度が小さいので普通見落とされてしまい,構造の解析には支障がありません.ところが有機元素分析では試料中の成分全体の含有率を測定するので,不純物があれば予想含有率と少し異なる分析値を与えます.スペクトルに頼る有機化学者には元素分析値だけがおかしいとクレームをつけられることもありますが,不純な試料をそのまま通さないための関所として大事な役目を有機元素分析は果たさなければなりません.

リービッヒによるCH分析法の開拓以来,ジュマのN分析,カリウスのハロゲン硫黄分析と広がって来ましたが,プレーグルの微量化で一連の分析技術が整備され,これによって生化学,天然物化学が大きな発展を遂げました1).しかし最も初期から試料中の元素成分の含有率を求める計算は現在も延々と続けられています.計算が加減算より乗除算を多く使うことから,筆算で結果を求めるのは分析者にとって大きな負担でした.3~4桁の乗除ですから途中の誤算,転記ミスも多く,そのうち対数表を利用して乗除算を加減算に変換し,あとで真数を求めるようになりました.

aF/b=c  →  loga + log F - logb= log c

第二次大戦のあと暫くまではどの分析化学の教科書にも巻末に対数表が掲載されていて,定量分析の結果は対数計算で行うというのが常識でした.(図1)それでも対数表の数値を探して書き取り,互いに足したり引いたりを筆算で行うのですから,その煩わしさはかなりのものです.分析装置も現在のように自動ではありませんから,試料の燃焼や装置の操作につききりとなり,ゆっくり計算している暇がありません.分析結果に疑問がでたら,計算ノートをもう一度見直して検算する必要があり,一日の仕事がなかなか終わらないこともよくありました.

5桁対数表

図1 5桁対数表

加減算に機械式の計算機を最初に考案したのは, 有名なフランスの哲学者パスカル(B. Pascal, 1623―1662)で,税官吏の父の業務計算を助けるためであったと言います.その後ドイツのライプニッツ(G. W. Leibniz, 1646―1716)が乗除算に使える機械を作ったものの,歯車がうまく作動せず,全く普及しなかったようです.1891年スエーデンのオドナー(W. T. Odhner)が実用品の製作に成功し,はじめて世界中で使われるようになりました.わが国では大阪で機械工場を経営していた大本寅治郎(1887―1961)が1924年オドナー型のものを作り,「寅」の字を入れてタイガー計算機の名で売り出しました.(図2)しかし当時としてはかなり高級な器械で,誰でも持てるものでなく,一般分析室では対数表が引き続き使われていました.戦後の復興が始まって1950年ごろからようやくタイガー計算機や後発の日本計算機が普及し始めましたが,初めて使ったときはすばらしい新兵器を手に入れたように思いました.ハンドルを回すときに歯車の音がガラガラと喧しい器械でしたが,対数表を使う煩わしさがなくなり,分析計算は随分楽になりました.この頃分析装置も試料自動燃焼の時代になり,装置につききりという拘束からも外れ,分析室はかなり快適な仕事場になったように思います.

タイガー計算機

図2 タイガー計算機

それから半世紀,熱伝導度法によるCHN分析装置が開発され,分析が高速化されると共に,タイミングよく電子部品や集積回路の進歩で演算機能を持った小型の電子計算機が次々と導入され,ボタン操作で計算結果を表示してくれるようになりました.装置の検出器から出されるシグナルは,単なる電気信号ですから,これを試料中の元素含有量に正確に対応させ,分析データとするため補正など少々面倒な演算をしなければなりません.予め仕組まれた演算プログラムが開発され,付属装置のコンピュータによって分析結果がプリンタに打ち出されます.最近は分析装置の運転までコンピュータ指令に基づいて出来るようになって,電子装置への依存度が高まっています.計算法の細かい点についてはまだ問題点も残されていますが,常用分析には十分受け入れられるものになっていると思われます.初期から現在までどのように計算法が進歩したかを辿ります.