目次

1-1.はじめに (著:穂積啓一郎)

化学の比較的新しい領域に気体放電を利用したプラズマ化学があります.まだ化学教育に一般的に取り入れられてはいませんが,そのユニークな可能性が次第に注目されています.「プラズマ」の用語は本来気体の電気放電に由来していますが,最近はプラズマテレビの名称で一般人にも馴染みが出てきました.液晶テレビに比べてプラズマテレビは大画面に向いているので,年々需要が増えています.放電によって光が出ることは古くからネオンサインや蛍光灯に利用され,自然現象としても雷の閃光やオーロラで人類に知られていました.電気工学の取り扱う対象の中で放電は重要な物理現象として扱われていましたが,化学的な側面には気がつかず,一方化学者は誰も電気工学の領域に足を踏み入れようとしませんでした.

1962年Analytical Chemistry誌に米国Tracerlab社のC. E. Gleitらによる短い論文が掲載されました1).内容はガラス管にコイルを巻き,一方から酸素を供給しながら,他方から真空ポンプで減圧します.コイルに高周波電力を加えると酸素は電気エネルギーを吸収して一部が原子状酸素になり,もし管内に有機物があれば表面からゆっくり酸化燃焼し,灰を残すと言うものです.殆ど熱を発せず有機物だけを燃焼除去しますから無機成分の回収率が向上します.一方有機元素分析の分野でも灰分(はいぶん)の定量という昔からのテーマがあって,るつぼやボートに入れた試料を高温で燃焼し,残留物を測定していましたから,低温で燃焼できるこの新しい技術は興味を引きました.ただその後続報も出ず,また13.56 MHzの高周波発振器が必要で,その入手や扱いに化学者はすぐには対応できませんでした.

1966年同じ会社のJ. R. HollahanはJ. ChemicalEducation誌に上の論文の詳しい紹介記事を書き2),装置構造から応用例までを挙げて化学の新しい方法として登場させました(図1).われわれ分析化学者もようやく新技術の実態を知って,研究テーマに取り上げるようになりました.時期を同じくしてオーストラリアの国立化学研究所のF. K. McTaggartが1967年 "Plasma Chemistry in Electrical Discharge"という著書を出版し3),ここで始めて "Plasma Chemistry" や日本語で「プラズマ化学」という用語が使われるようになりました.ただMcTaggartの本は物理化学を中心に書かれていますので,応用を期待する化学者には少し距離感があったようです.ともあれプラズマ化学の応用はこれを契機に急速に広がり,分析化学,生物科学,半導体工業の領域で大きな成果を挙げるようになりました.常温に近い温度で有機物を静かに除去するので,残された生体内の無機質の構造がそのまま観察できます.半導体工業では回路パターンを焼き付けた光レジスト膜を最後に酸素プラズマで除去するのに使われ,その後この技術の延長線上にフレオンプラズマによるシリコンのエッチングが可能となり,それによって大規模集積回路の形成が可能となりました.世界中のコンピュータの記憶媒体がプラズマ化学技術で製造されていることを思うと,1962年C. E. Gleitが最初に分析化学の学術誌に発表した論文は歴史に残るもので,それを啓発したJ. R. Hollahan(図2)の功績は極めて大きいと言わなければなりません

酸素プラズマ灰化装置

図1 酸素プラズマ灰化装置

Dr.J. R. Hollahan

図2 Dr.J. R. Hollahan

1964年ごろから米国農業研究所のR. S. Thomasは細菌など生物試料のプラズマ灰化(はいか)を始め,灰化像の電子顕微鏡観察を次々と報告しました4, 5).驚くべき無機質の超微細構造を写真に展開してこの灰化法の特質が明らかになりました.筆者もこれに触発されて早速簡単なプラズマ装置を京都の柳本製作所に作ってもらい,有機試料の灰化実験を始めると共に植物組織の灰化像を光学顕微鏡で観察しました.1970年代になるとこのプラズマ技術はさらに進化して,エチレンやスチレンなど気体モノマーから固体材料上に均一な高分子薄膜を形成するプラズマ重合法としても利用されるようになり,表面コーティングやろ過膜の製造などに多彩な成果を挙げました.広範な応用分野を持つプラズマ化学は21世紀に入っても引き続き先端技術を支える重要な原動力になっています6, 7, 8).本稿ではまずプラズマ化学の出発点となった酸素プラズマの原理と応用について概略の解説をします.