目次

4-1.半導体プロセスへの応用 (著:穂積啓一郎)

酸素プラズマによる有機物の低温灰化は当初分析化学的な応用で注目を集めましたが,同じ原理で応用できる分野が間もなく見つかりました.1968年コダック社のセミナーでS. M. Irvingが半導体集積回路(Integrated circuit, IC)の高分子保護膜(フォトレジスト)の除去に使えることを発表しました7).回路パターンを紫外線でシリコン基板上の高分子膜に焼付け,硬化しなかった部分を溶剤で除去します.このあと膜のない部分にフッ化水素酸や熱リン酸を作用させてエッチング(彫り込み)をし,微細な電子回路を形成させます.最後に残ったフォトレジストを酸素プラズマで除去します.かなり複雑な工程ですが,電界効果形トランジスタ(FET)の製造例を図3の左側に示します.気体による除去プロセスですからデリケートな回路を傷めることなく,断線や欠損のない製品が作れるようになりました.

FETトランジスタの製造工程

図3 FETトランジスタの製造工程

1970年前後から酸素プラズマの技術は思いがけない方面に発展をします.CF4で代表されるフレオンをプラズマ化して原子状フッ素( F・)を作り,ICの基板であるシリコンやその上に形成させた酸化ケイ素,窒化シリコン膜のエッチングに利用しました8).反応生成物四フッ化ケイ素SiF4は気体ですから,基板から静かに逃散して行きます.一方レジスト膜で覆われた部分は有機高分子の壁がありますからフレオンプラズマと反応しません.

Si+4F・→SiF4
SiO2+4F・→SiF4+O2
Si3N4+12F・→3SiF4+2N2

プラズマエッチング法の導入によってフッ化水素,熱リン酸など扱いの厄介な液状試薬が不要となり,工業生産には随分有利となりました.これでレジスト膜の除去も基板のエッチングも図3の右側のように総て低圧の気体プラズマで一貫して工程が進められることになり,現在の大量生産が可能となりました.

ICは最初トランジスタやダイオードを平面的に並べたものでしたが,次第に立体的な構造を必要とするようになり,FETや論理回路をブロックで形成する大規模集積回路(Large scale IC, LSI)に発展しました.多層構造ですから絶縁性の保護膜を入れたり,層によって異なるエッチパターンを積み重ねたりする必要があり,回路設計も複雑ですが,設計の通り集積回路を作り上げる技術はさらに困難です.集積度はしかし年々向上して機能,情報量ともに拡大を続けています.このあたりの技術は電子工学の専門家が知恵を絞っていますので,化学者はその成果を見守っていますが,電子機器の利用なしでは化学生産も基礎研究もできないほどLSIの恩恵を蒙っています.半導体工業はいまや巨大産業化し,プラズマ技術もその中で大きなウエイトを占めていますが,昔の「プラズマ化学者」の力を借りずに発展の一路を辿っています.

4-2.固体材料の表面処理

色々な固体材料は天然,人工を問わず素材の持つ物性によって評価がされます.硬さ,柔軟性,可塑性,多孔性,色彩,保温性,その他目的に合ったものが使われますが,素材に備わっていない性格が求められることもあります.多くの場合表面の性質を変えることでこれらの不足点を補うことができます.合成繊維やフィルムに濡れ(親水性),風合い(着心地),接着性,染色性,生体親和性の向上を求めることがよくありますが,材料表面にカルボニル基,水酸基など極性の原子団を形成させると効果があります.酸素プラズマを短時間作用させるのが手軽ですが,目的によってヘリウム,アルゴンなど非酸化性のプラズマで表面変性をさせるケースもあります.後者ではプラズマ粒子の保有するエネルギーや紫外光が材料表面に作用します.

ポリエチレンに始まった一連の合成高分子材料は繊維,フィルム,プレートに多用されていますが,本来が石油製品ですから衣服などに使うと,汗を吸わず着心地もよくありません.綿繊維と混紡することがよく行われていますが,できれば高分子材料に濡れをよくする処理ができれば混紡率を下げることができます.フィルムやプレート類は接着の機会が多いと思いますが,接着剤との親和性は濡れと共通の極性基によって向上します.酸素プラズマで処理すると,灰化までに行かなかった中間酸化物が表面に残りますが,ポリエチレンフィルムのプラズマ処理で出来た表面酸化物の赤外スペクトルでは図4のように色々な極性基が認められました1).親水性はフィルムの上に水を一滴落とし半球の形から評価しますが,プラズマ処理をしたものは半球にならず周囲に広がってしまいます.ただ困ったことは親水性が長続きしないことで,恐らく極性基のある部分が低分子化していて水に溶け出すか,または極性基が内面に配向するか,多分その両方の理由があると思われます.

ポリエチレンの表面プラズマ酸化物

図4 ポリエチレンの表面プラズマ酸化物

親水化に比べると接着性向上には効果抜群で,アラルダイト (エポキシ樹脂) で接着した高分子材料はプラズマ処理で10倍ほど強力になります(表1).ポリエチレンの短冊を一端で接着し,一日置いて引き離そうとしても外れず,無理に引っ張ると接着しないところが引きちぎれます.酸化性のない不活性ガスのヘリウムでもかなりの効果を示していますが,アルゴンや水素でも同様で,恐らくプラズマ粒子のエネルギーを受けて高分子表面に二重結合の生成,橋かけ構造の発達があったものとされています.橋かけ構造は接着面の引き離しに抵抗力を生じます.Hansenら9)はこの技術をCASING(Crosslinking of Active Species of Innert Gases)と名付け,接着困難とされるテフロンへの効果を説明しています.家具,日用品,玩具など接着によって製造される多くの物品がありますので,プラズマ処理による接着力強化は有望な技術です.

プラズマ処理した高分子材料の接着性向上

表1 プラズマ処理した高分子材料の接着性向上

4-3.天然高分子材料の表面処理

綿製品,毛織物,皮革は昔から使われた高分子材料ですが,合成高分子に追われて市場が狭まっています.ウールなど毛織物を洗濯すると次第に収縮しますが,その防止策,また染色性の向上,紡糸性の改善,不燃化,よごれ防止などにプラズマ技術が期待されました.常圧空気のコロナ放電がウールの防縮性に効果があることはかなり以前から知られていましたが,効果が出るまでの処理時間が数分から30分と長く,連続工程に向いていませんでした.またコロナからオゾンが発生し,環境衛生にも問題がありました.Pavlathら1, 10) は低温プラズマを用いて数秒の滞留時間でウール地の連続処理を行い,面積収縮率を十分の一に低下させました.表2によるとプラズマガスの種類にあまり関係がないことが分かりましたが,原因としてはウール表面がより親水性になり,繊維の絡み合いが強くなることが考えられます.もう一つ電子顕微鏡の観察によってウール繊維のスケール(鱗片)の突起が減少していることが分かり,洗濯前後の繊維どうしの進入,後退が可逆的になることも理由に挙げられます.

コロナ放電による板材の接着性向上

表2 コロナ放電による板材の接着性向上

セルロースや木材は家具やベニヤ板などによく使われていますが,安価な材料なのでプラズマ処理などあまり高度の技術の対象になっていません.昔のコロナ放電で処理したデータがありますが,接着力が数倍から20倍以上向上したと言われます11).空気の放電ですから,オゾンや原子状酸素が材料表面に接触し,極性基を作っていることは間違いありませんが,電子顕微鏡観察によって材料の粗面化が進んでいることも認められ,これらの総合効果と思われます.

純粋な表面処理とは言い難いのですが,少し変ったアイディアも提案されました.天然または合成高分子材料の表面をアルゴンなど不活性ガスのプラズマ粒子で活性化し,表面の化学結合を切断してフリーラジカルを生成させます.この後アルゴンガスを有機ガスに切り替え,材料表面のラジカルサイトに新しい化学種のグラフトを行う方法です.いわば単分子のコーティングですが,綿製品のグラフト処理にはアクリロニトリル,テトラフルオロエチレン,ケイ素およびリンのビニル誘導体などが試みられました12).こう言った方法で処理した材料は染色性や汚れ防止に相当な改善があったと言われます.

4-4.医用材料への応用

医用材料のうち特に高分子材料は外科手術に重要な素材になっていますが,埋め込み材料などは長期生体組織と接触するので両者の適合性が問われます.また腎臓透析や輸血時の外部循環回路の血液凝固も危険因子の一つです.高分子材料と血液の間で拒否反応を起こしては生命維持にも支障が出るので,これらの材料に表面処理を施して生体適合性を向上させる方法が検討されました.親水性を良くすることは基本的に必要ですが,プラズマ処理で親水性を向上させると,同時に高分子表面にある低分子種や汚染物質が除去され,これを核とする血液の凝固がかなり軽減されるメリットがあります.

単なる親水性の付与だけでは生体適合性がまだ十分と言えないので,臓器や血液成分の一つであるヘパリンを材料表面に植え付ける研究がされました13).ヘパリンは図5のような分子量5千から2万の粘性を持つムコ多糖で,水酸基のほかスルフォン基を持ち,強い水和作用を持っていますので,これが血管内面に付着していると水のトンネルのようになり,その中では血液は凝固しません.そこでヘパリンを人工高分子材料に植え付けるのにプラズマ技術が用いられました.第一段階では材料表面にアミノ基を導入しますが,アンモニアガスまたは水素+窒素混合ガスのプラズマを材料に接触させます.

ヘパリンの単位化学構造

図5 ヘパリンの単位化学構造

NH3→NH2・+H・
N2+2H2→2NH2

材料表面RHはプラズマの活性粒子によってラジカル化していますから,そこにアミノラジカルが結合してアミノ基を形成します.

RH→R・+H・
R・+NH2・→RNH2

第二段階ではアミノ基が植え付けられた材料にヨウ化メチルを作用させ,四級アンモニウムに変えます.このあとヘパリン水溶液に浸漬するとイオン交換によってヘパリンが材料表面に導入されます.ヘパリン(Hp) はスルフォン基にナトリウムが結合したイオン性物質で,日本薬局方にも凝血防止剤として収載されています.

RNH2+CH3I→RNH2CH3I
RNH2CH3I+HpOSO3Na+ → RNH2CH3SO3OHp+NaI

色々な高分子材料にプラズマ条件を変えてヘパリンを付加した結果を表3に示します.35Sでラベルしたヘパリンの放射分析でヘパリン層の深さを測定していますが,どの場合も凝血速度はかなり遅くなることが分かりました.ただしこれで十分と言える程ではないので,もっと高密度のアミノ基を導入する技術が望まれます.

高分子材料表面へのヘパリンの植え込み

表3 高分子材料表面へのヘパリンの植え込み

医用高分子の他にもガラス,金属類が容器,注射器,外科器具に多く使われていますが,これらの殺菌,消毒は治療の一環として重視しなければなりません.アルコールやホルマリンなど古くから使われた消毒法から,放射線照射など強力なものもありますが,もう少し手軽な方法にプラズマ処理があります.ヘリウム,酸素,窒素,アルゴンなどのプラズマガスを器具類に接触させると,表面に付着した枯草菌 (B. subtilis var. niger) を完全死滅させることが出来ます2, 14).ただしこの殺菌作用はプラズマの活性種によるものの他,プラズマ発光の紫外線も関与しているので,両者の寄与の度合いまではよく分かりません.一方金属やガラスの細い管や入り組んだ構造の物は奥の方まで殺菌し難いと思われますが,ヘリウムプラズマで処理すると内部まで効果が及びます.予め枯草菌の胞子104個を入れておいた0.07×8 cmの金属製毛管は15分,同じく0.17×12 cmのものは60分処理すると,完全に内部の菌を死滅させることができました.