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第七部 補正と校正

1-1.はじめに

定量分析では物の量を数値で表しますが,質量や体積のように普遍的な測定器で数値化できるもののほか,起電力や熱伝導度など特殊なセンサーで拾いあげた電気信号を,感度係数を使って物の量に換算する方法があります。得た数値に確信と満足があればよいのですが,もっと正しい値に近づけようとすると測定値に一定のルールで修正を加えることがよく行われます。修正をしたほうが良い程度の軽い要求もありますが,修正をしなければ役に立たないと言う場合もあり,重要度は測定の種類によって異なります。

マニュアル分析の多かった頃は,分析ステップがはかりの計量やビュレットの滴定値でいちいち確かめながら進められたので,これらの量器が精確なものであれば, 間違っても許容誤差の範囲をあまり外れることはありませんでした。センサーを経由して測定値を得るようになって,目的物の量とセンサー出力の比例性,信号対雑音比,増幅器の経時変化など変わりやすい要素が加わって,分析化学者には余分な心配が増えてきました。それにも拘わらずわれわれは信頼の置ける分析値を提供する責務がありますので,得られた測定値に可能な修正を加えて正しい値に導かなくてはなりません。状況はいろいろありますが,気がついた項目について修正のあり方を述べたいと思います。

2-1.補正と校正の定義 

古い分析化学の本を見ますと測定値を修正することはすべて「補正」で,「校正」という用語は使いませんでした。当時校正というのは印刷用語で,刷り上ったゲラ刷りのミスプリントを赤鉛筆で直すことでした。分析化学に校正の用語が登場したのは第二次大戦後で,欧米の化学雑誌にCorrection(補正)とCalibration(校正) を使い分けるようになってからです。JISや日本薬局方でも間もなくこれに習って補正と校正の用語を使い分けるようになりました。

補正というのはある測定が終わって,その時の状況を見て測定値に適当な修正を加えることを言います。ガス体積に対する気圧や温度の補正,空試験値の差し引きなどその場で決まる修正がその例です。校正はビュレットなど量器の目盛りや分光光度計の波長目盛りの誤差などを検定しておいて,実際の指示値を修正することです。使う道具に固定的な数値ですから,一度決めれば当分変わりません。

補正も校正も適用するにはそれなりの根拠が必要で,ある分析プロセスにおいて合理的な説明ができる修正をしなければなりません。補正の値は与えられた条件で平均的な数値であるべきですが,中には台風が近づいて気圧が短時間に変わったり,冷暖房を入れて試料液の温度が上下したり,成分の吸脱着で機器のベースライン位置が動いたりして,平均値がとり難い場合もあります。しかしこんな時には無理しないで安定するまで待ったほうが得策です。補正に比べると校正のほうは動かないものの修正ですから,一度決めれば十分ということが多いでしょう。逆に動かないので安心して半年も一年も放置することがありますが,本当に前のままでよいのか時々は校正のし直しが必要です。はかりの分銅も埃の付着や錆の出ることがあり,分光光度計の波長目盛りも機械的な磨耗で波長がずれることがあります。

英語の辞書で”Calibration”を引くと銃などの口径を測ることとあり,副義として目盛りをつける,または目盛りを正すこととあります。日本語の辞書で「校正」を引くと今のところ校正刷りなど印刷イメージの説明しかありませんので,間違いを正すと言う点は一致するものの,目盛りなどの修正に「校正」を使うのは少々抵抗を感じる方があるかも知れません。しかしこう言った用語の統制は1955年すでに「文部省学術用語集:化学編」1)にまとめられ,その後日本分析化学会の分析化学用語委員会でも採択されています。結構長い時間が経っていますので,われわれ分析化学に携わるものとしては,早く補正と校正の使い分けに慣れるよう努力しなければなりません。

3-1.質量の測定

定量分析は試料と目的物の量の関係を追及するものですから,質量の測定は他の測定項目より常に一歩精確である必要があります。もともと質量はキログラム原器という正確極まりない標準から派生したものですが,これから分量によって手ごろな大きさの分銅を作り,はかりの目盛りの標準化をしています。しかし分銅を小さくして行くと分量作業のつど誤差が蓄積し,表す量に対する相対誤差が大きくなります。同じ質量の分銅でも使用目的によって許される相対誤差の厳しさは違いますので,JISではいくつかの等級に分けて分銅を管理しています。

現在有効なJIS規格では1994年に制定されたOIML (Organisation Inter nationale de Metrologie Legale)-R111の国際規格を準用しており2),要求される質量の不確かさに応じてE1, E2, F1, F2, M1, M2, M3の各級があります。表1に10 g以下の分銅の最大許容誤差を示しますが,微量分析では勿論E1級の分銅を用いなければなりません。最大許容誤差はあり得る限度を示しているので,普通にはもっと小さいことが望まれます。分銅の真の質量は,高度に保証された参照分銅とのはかりによる比較で求められますが,この作業が標準状態(20°C,1気圧,密度8.0のステンレス鋼)で行われたときの質量値を協定質量とします。この協定質量には参照分銅との差が誤差として含まれていますが,この誤差には個々の分銅によってばらつきがあり,E1分銅の質量の不確かさが標準偏差σとして表されます。

表1.小分銅の最大許容誤差

JISではさらに「拡張不確かさ」が最大許容誤差より小さいことを要求しています。拡張不確かさUは普通95%の確率でそうなる範囲を意味しますので,標準偏差σの2倍の範囲です。すなわちU = 2σですから,5gのE1級分銅については表1から2σ≦ 0.015 mgとなります。言い換えればこの分銅の 95%が0.015 mg以下,68%が0.007 mg以下の誤差であることを示します。相対誤差としてはそれぞれ3×10-6,1.5×10-6ですから随分精確な分銅と言えます。なお標準偏差や不確かさなど統計用語についてはこのホームページの解説記事「 5.分析値の信頼性」に詳しい説明がしてありますので参照してください。

質量の体系はキログラム原器を基準として,精密なはかりによる分量で少分銅までトレーサビリティが保たれています。最近は電子はかりの中に標準となる内蔵分銅が組み込んであって,ボタン操作で表示が校正されるようになったものが多いのですが,便利なだけに質量の真の姿にルーズになっている反面があります。内蔵分銅はほこりなどを蒙り難い状況にありますが,化学工場などでは腐食ガスが侵入する場合も考えられ,分銅質量が変化する可能性は捨て切れません。少なくとも年に一度は外部の参照分銅を用いて表示質量との差をチェックする必要があります。外部の参照分銅は保証つき校正用分銅をはかりメーカーから入手することができ,この質量値を入力してから分銅を載せると自動的に校正された質量を表示するようになります。

質量の校正ははかりの最大荷重で行われるのが普通ですが,それで途中の荷重まで校正されたとは言い切れません。はかりの直線性が問題となりますが,原則としては最大荷重の25%, 50%, 75%の校正用標準分銅で3点をチェックしなければなりません。実際にはそこまで準備のある分析室はないと思われますので,メーカーの定期検査で確認をしてもらうのがよいでしょう。

現在微量分析では試料のサンプリングが主要な手仕事ですが,この小さな作業中にいろいろな分析誤差の原因が含まれています。まず挙げられるのはサンプリングには必ず2回の計量が伴うことです。白金ボートなど容器の計量を行った後,試料を入れもう一度計量して両者の差をとるので,採取した試料量にははかりのばらつきが2回取り込まれます。はかりの標準偏差がσであれば,その不偏分散はσで,2回重なると2σですから,試料量の標準偏差は

(2σ2)1/2 = 1.42σ

となり,はかりのばらつきより4割ほど大きくなります。

はかりの示す質量値は,校正に用いたステンレス鋼の密度(8 g/cm3)と同じ密度の物体の質量を表します。これは空気の浮力が等しいからですが,われわれは有機試料を専ら対象とするので,密度は1g/cm3かそれ以下が普通です。密度が小さいと浮力が大きくなり,実際の質量より軽く測定されます。どのくらい軽くなるのかを計算しますと,測定物の真の量をM,はかりの表示量をMw,測定物の密度をρg/cm3,空気の密度を0.0012 g/cm3として,次の式が成立します.

1M = Mw { 1+ 0.0012 ( 1/ρ-1/8 ) }

{ }内の第2項が浮力補正係数で,任意の物体密度に対する補正係数を図1に示しました3)。密度1 g/cm3では+0.001程度になり,例えば3 mgの試料を採取するとはかりの表示値より3 μg多く取っていることになります。金属や無機物質のように密度の大きいものでは補正係数も小さくなりますが,厳しく言えば補正が必要です。

図1.測定物の密度と浮力密度

最近測定物の密度をはかりに入力して,自動的に補正計算をする機種もありますが,毎回測定物の密度を推定しなければなりませんので,面倒という方が多いようです。しかし品質管理など同じようなものを測るときは便利でしょう。有機微量分析では補正係数も+0.001とほぼ一定ですからこの機構を利用するのがよいはずですが,あまりこの補正は実行されていません。自動分析では標準試料の成分含量から検出感度を求めるので,感度の中に補正係数も織り込みずみということでしょうか。しかし物質計量の筋目としてはこの浮力補正をすべきことを知っていなければなりません。

試料をはかり取ってもそのあと揮発して減量するものがあります。はかりの測定中に減量に気付くこともありますが,最近ははかりの計量が迅速になって見つけ難くなっています。その上オートサンプラーに多数の試料を装填しておくと,最後の試料が分析装置に投入されるまで数時間経過するようなこともありえます。図2は約10 mgの粉末試料をアルミ箔の上にのせ,その揮発速度を超微量石英トーションはかりで追跡したものです3)

図2.10mg有機試料の揮発速度

ナフタレンやヨードホルムは強い匂いで揮発性が分かりますが,バニリンは香気の割にあまり揮発しません。安息香酸は純度の高いものが得られるので標準試料に用いられますが,意外に揮発性の高いことが分かりました。フルオロアセトアミドは含フッ素標準試料として以前用いられましたが,毒性が強く現在は使われていません。しかしこの化合物は全く無臭にもかかわらず,ナフタレンに近い揮発性を持っています.揮発性は臭いだけでは判定できないようです。揮発性をチェックするには一度試料を計量して,10~20分後にもう一度測りなおして殆ど差がなければ揮発性なしとしてよいのですが,数μg以上あるようであれば一応揮発性物質として扱わなければなりません。

揮発性試料の採取はアルミニウムまたはスズ箔に包むのが一般です。いずれも融点が低く,燃焼管の温度で酸素とともに燃焼します。酸化アルミニウムや酸化スズを灰として残しますが,キャリヤーガスに流されて燃焼管充填物の表面を徐徐に覆うので活性低下の心配もあり,時々充填物の更新をしなければなりません。試料を金属箔に包む道具が分析装置のメーカーからいろいろ提供されていて,手ごろなものが選べます4)

オートサンプラーに装填した試料は分析処理の順番がくるまで待っていることになりますが,器械の構造によっては室温よりかなり高くなることがあります。金属箔に包んでも温度が高いと試料の蒸気圧が上がり,気化してカプセルの隙間から逃げるので,この場合は熱分析に用いるアルミパンでシールするのが安全です。シーリング用の装置があります。気化する試料を気化しないように封鎖するのもよいのですが,予備試験で10分あたりの減量を測っておき,待ち時間に応じて試料量を補正するのも簡単でよいでしょう。また極端に気化する試料を金属箔で包んでも減量するものは,やはり減量の補正をしたほうがよいと思われます。

液体試料の気化は昔から厄介な問題でした。精油など気体に近い液体はガラス毛細管に封じ込め,分析直前に開封して試料ボートに載せる方法がありますが,原理的には減量がないので補正の必要はありません。揮発性があまり無ければ金属箔に包む方法も採用できます。しかし一番確実な方法はアルミパンに封入することです。

吸湿性試料は水分を取り込むので試料物質のトータルの組成が変わります。通常は試料乾燥器で脱水したものをサンプリングするのですが,はかりですばやく計量してしまえば後で増量しても水が増えただけですから,試料本体の炭素や窒素値に影響ないと言えます。ただし水素値が少し大きくなるかも知れません。計量中またはその後に増量した水分量が分かっている場合は,計算によって水素値の補正をすることができます。

水素測定値% - 水分量×(2.02/18.08)×(100/試料量)%

動いている水分量ですから,この計算は近似値になりますが,乾燥試料の水素値に近づけることはできます。

4-1.体積計

メスフラスコやビュレットなどは定量分析で定規液の濃度や注加液の量を決める重要なガラス製体積計です.体積計の規制は以前都道府県の計量検定所で全品検査をすることになっていましたが,これは商取引や証明に必要な精確度を保持する目的でした。1994年の計量法改正によってこの規制は外され,現在はJIS規格を掲げてガラス製体積計のメーカーが精確度の責任を負うことになっています5)。このような背景には理化学用ガラスが,パイレックスなどホウケイ酸ガラスの使用によって品質が安定していることと,メーカー自身の生産技術が向上していることによります。

ガラス製体積計にはメスフラスコのように液を入れていくらかというものと,ピペットやビュレットのように液を出していくらかという,受用と出用の区別があります。大体目的は決まっていますが,反対の使い方もできるので,その目盛りがどちらの目的に打たれたものかを表示しています。以前は受用をE (Einguss) ,出用をA (Ausguss) の印で区別していましたが,ドイツ語の頭文字であるので,現在は受用にIn (Internal) またはTC (To Contain) ,出用にEx (External) またはTD (To Deliver) の印をつけるようになっています。病院の検査部など多量のピペット類を扱うところでは,間違わないようにカラーコードをつけたものを利用することもあります。

ガラス製体積計は使用後水洗して,出口を下に水を垂らして放置します。乾燥機に入れて加熱するとガラスが変形して元の容量を示さなくなる可能性があります。ピペットなど出用容器は水の排出を自然に行って,最後の滴をビーカーの壁などに触れさせて終了し,その排出質量をはかりで測定します。

近年マイクロピペットと称して100μl以下の微量液の採取や分注する器具がよく使われています。JIS規格ではこれらをプッシュボタン式液体用微量体積計6)と回りくどい呼び方をしていますが,実のところ計量法の中で「牛乳用マイクロピペット」が先取りされてしまったので,仕方なく違う呼び方を考えたようです。しかし一般的にはマイクロピペットで通用しています。ガスクロマトグラフィで用いるマイクロシリンジは一種の注射器ですが,マイクロピペットは針端をもたず,ディスポーザブルなプラスチック製チップを取り付けて,この中に規定量の液を吸い込み排出するようになっています。扱う量は5μlから1000μlまでありますが,繰り返し精度(変動係数)や正確さは表2のようにあまり良いとはいえません。しかし手軽に微量の溶液を採取するには便利な器具といえるでしょう。病院などの検査室では大いに重宝されています。

表2.マイクロピペットの繰り返し精度と正確さ

もっと少容量の液体の採取や注加には注射器のようなガラス製のマイクロシリンジが使われ,5, 10, 25, 100μl容量のものがありますが,目盛りが打ってあるので1μlの注入も可能です。しかしその体積は目安程度ですから,数値としてはあまり信用できません。この器具は最初ガスクロマトグラフィで使われましたが,加圧系のカラム入口にマイクロシリンジの針を突き通して圧入するので,注入量はかなりばらつきがあります。液体クロマトグラフィではバルブループ方式を採用しているので,常圧で試料液をループ管内に充たし,流路の切り替えでカラムの方に流すので,絶対量は別として注入量は正確に再現します。普通100μlのループを使用しますが,ループを変えればこれ以外の注入量にすることができます。

4-2.滴定値

「滴定」は英語で “titration”と書きますが,日本語のイメージとはかなり違います。以前は長いガラス製ビュレットから標準液を「滴下」させていましたので,日本語の滴定は状況を良く表していましたが,最近はピストンビュレットから細いテフロン管で試験液に直接注入するようになり,滴を見なくなっています。ところが英語のtitrationを辞典で引くと,目的物を含む溶液にこれと反応する試薬溶液を当量まで加えることとあり,どこにも滴を落とすという表現がありません7)。当量点の判定には色の変化や各種センサーが使われますが,そこに至るまでの「滴定」という日本語はこのままでよいのか一度考えてよい時期が来ているように思います。

用語の問題はともかく,滴定は開始から終点までビュレットから注加される標準液の体積を正確に決めなければなりません。終点に近づくまではかなり注加速度を早くしますが,色調やセンサーの出力が変わり始めたところからゆっくり注加します.自動滴定装置などを使うとこの加減を電子制御でやってくれます。

どこを終点にするかは,指示薬による目視法の場合,色調の特徴的な変化が起こる点としますが、多少個人差があります。しかし慣れてくればこれで案外同じ場所に終点の認定ができます。ガラス電極などイオンセンサーを用いるものでは電気信号をプロットして,最大変曲点を作図で求めることも出来ますが,自動滴定装置では単位の微量注加量に対して電気信号の最大変化点を検出して表示します(図3)。何れにしてもこうして求めた終点が本当の当量点と一致するとは限りませんが,実用面では当量点と同じに扱っても差し支えありません.それは既知量の物質を含む溶液を与えられた標準液で滴定して,1 ml当たりの物質量を係数として求めておけば,以後の滴定値を目的物質量に換算することができるからです。終点と当量点のずれは本来滴定値に補正をするべきですが,上の係数にはこれが含まれているので,実用的には省略することができます。

図3.滴定終点の決定法

滴定では標準液の注加が始まった時点からの液量を測定しますが,中には空試験値を含むものがあり,滴定値を補正することがあります。正直言って滴定される成分が皆無の場合でも滴定値がゼロと言うことはありません。目視滴定では変色点まで,電気滴定では曲線の最大勾配まで,短い区間ですが滴定値が存在します。しかしこれは空試験値として差し引くのは論理的ではありません。溶媒だけの試験液を滴定した値がこれに当たりますが,例えばハロゲン分析でハロゲンの無い標準試料を分析して,溶媒だけの滴定値より大きな測定値が得られたときは,その差を空試験値として一連の試料滴定値から差し引く事になります。空試験値の原因は分からないことが多いのですが,一種のマトリックス効果として処理しています。

5-1.分光光度計

フッ素やリンなどヘテロ元素の定量には今でも吸光光度法が良く使われています。分光光度計には学生実習や品質管理向きの簡易なものもありますが,定量分析には吸光度で0.001まで読めるものが必要です。特にフッ素定量では発色試薬にアリザリンコンプレキソン-セリウム(またはランタン)錯体を用いるので,この試薬がもともと赤紫色ですからフッ素イオンと結合しても青紫色に変わるだけで,その僅かな色の変化を精密に測定するには高感度の分光光度計が必要とされます。最近は分光光度計も複光束型が普通になって測定操作も簡便になっていますが,複雑な機械ですから要点のチェックを欠かせることはできません。

吸光度の測定は決められた波長で行いますが,波長ダイヤルを合わせても目盛りどうりの波長になっているかどうかは分かりません。波長校正が必要ですが,われわれの必要とする波長範囲では,光源に使われている重水素放電管を点灯し,波長幅を5 nmに調節して,その輝線486.0 nm と656.1 nmを探します8)。このとき輝線波長とダイヤルの表示と比べるとその差が分かります。差があっても器械を直すことは出来ませんので,以後はダイヤルの表示値を校正するしかありません。上の2点の波長以外を校正するにはJIS規格のネオジムフィルターまたはホルミウムフィルターを透過した光の極大点を用いることができますが,われわれの日常の仕事にはそこまでしなくても,重水素放電管の2点校正で紫外部と可視部の修正が出来ると思います。

試料液の濃度と吸光度の比例性も定量分析には重要です.光電子増倍管は光量と出力の比例性がよいことで知られていますが,本来は僅かに弓なりに曲がっています.これを抵抗回路で修正して直線化していますが,光電子増倍管の特性も永久不変ではないので,気になる方は吸光度目盛りの校正を行ってください.以前は二クロム酸カリウム標準液を決められた濃度に作り,それらの吸光度を基準値と比較したのですが,使ったあとセルのガラスに色が残り洗浄に苦労しました.現在は(財)日本品質保証機構の提供するガラス製校正用光学フィルターがこれに代わって用いられています.普通の10 mm角型ガラスセルと同じ外観でこの中に吸光フィルターが設けてあります.標準液を作る手間もなく,セルの洗浄も不要になりました.紫外部から可視部にわたって12箇所の波長が選ばれ,それぞれの波長ごとに6種類の吸光度のフィルターがあります.明細については同保証機構にお問い合わせください9).

6-1.熱伝導度計 

熱伝導度検出器はガスクロマトグラフィの検出用に早くから用いられましたが,その後水素炎イオン化検出器が有機成分の高感度検出に使われるようになって,今では少々影が薄くなっています.しかし無機,有機に汎用性があるのと,キャリヤーガス中の成分濃度に良い直線的応答がある点で,われわれの仕事には依然として貴重な存在です。この濃度対信号の直線性はキャリヤーガス中の成分濃度が2~3%以下で成立するので,これより大きくなると直線性は失われ,次第に水平化してきます。そうかと言ってあまり低濃度では信号対雑音比(S/N比)が悪くなって,分析結果のばらつきも大きくなります.有機元素分析のように成分含量0.1%を争う分析では,上の限度を超えない程度で操作が行なわれるのが良いと思われます。

最初ガスクロマトグラフ法でCHN元素分析を開発した1960年頃は,成分量と信号の直線性を保つため試料採取量を1 mg以下としましたが,超微量はかりが必要で現在のように簡単に手に入るものではありませんでした。成分量はクロマトのピーク面積に比例するのですが,面積測定には積分計が必要で,当時4けたまで出せる積分計は分析装置本体より高値なものにつき,普及は困難と考えられました。

救いの手が現れたのは自己積分法という着想でした。スイスのシモン(W. Simon)教授ら10)が真空にしたガラス球の中に,燃焼成分の水,二酸化炭素,窒素をヘリウムキャリヤーと共に引き込み,均一に混合の後,差動熱伝導度計に拡散させてそれぞれの成分濃度を知るというものです。ガラス球の体積を計算して成分濃度が測定しやすい状態にすることができます。測定は静止濃度で行なわれますから積分計も必要なくなります。

この原理はすぐれたものですが,真空ポンプで減圧したり,活栓を開いたり閉じたりの作業があるので,すぐには自動分析装置に結びつきませんでした。 真空の代わりにピストンポンプで一定体積までゆっくり引き込み,混合の後,同じポンプで差動熱伝導度計の方に押し出すと言う方式に思い当たり,ようやくCHN分析の自動化が実現しました(図4)11)。偶然ですが米国のP社のほうでも同じ原理に着目し,一定体積のガラス球に燃焼成分をキャリヤーガスと共に2気圧まで圧入し,混合後差動熱伝導度計に押し出すという方式を採用しています。1965年米国ペンシルバニア州立大学での国際微量化学シンポジウムで両者の方式が同時に発表され,話題となりました。

図4.最初の自己積分法CHN自動分析計

水,二酸化炭素,窒素の3成分を含むヘリウムが3対の差動熱伝導度計を通過するとき,それぞれの成分の応答信号には他の2成分の影響が少しあります。この影響は補正計算によって除かなくてはなりません.概念的にいえば,図5に示されるように各対の入口側と出口側でモル分率(濃度)が違ってくるからです.水の検出では入口側にあった水のモル分率が出口側でなくなっており,それでも1気圧ですから二酸化炭素,窒素,ヘリウムが一様にモル分率を上昇しています。本来は下に描いた単成分の時の熱伝導度差を求めたいのですから,多成分のときは差信号が小さく出ます。

図5.差動熱伝導時計による多成分系の検出

次に二酸化炭素の検出器では入口側のモル分率がすでに上昇していますが,出口側では二酸化炭素がなくなった分,窒素のモル分率が大きくなり,差信号を小さくするように働きます。結果として水の除去によるモル分率の上昇と,窒素の共存による差信号の低下を合算して単成分の時の信号に補正します。最後に窒素の検出器では水,二酸化炭素の除去に伴う窒素のモル分率の上昇が見られますので,この分の信号補正を行ないます。

初期の段階では水素,炭素,窒素それぞれの質量から水,二酸化炭素,窒素のポンプ内モル分率を計算し,表を作って信号を補正していました。表の読み違いや転記ミスもあり,分析者の負担が大きかったのですが,現在はコンピュータソフトを作って一挙に計算ができるようになっています。計算理論も随分進み12),相当複雑な演算処理をするようになっていますが,これによって極めて精密な補正がされた分析値が与えられられます。

クロマトグラフィによるCHN分析もその後進歩しています。積分計がデジタル技術で廉価になり,精密化したのが追い風になっているようです。熱伝導度計を使うのでキャリヤーガス中の濃度の上限はありますが,最近は太い燃焼管を用い,大量のキャリヤーガスで燃焼ガスが希釈され,数mgの試料量でよい直線応答をします。純酸素の雰囲気中にスズ箔に包んだ試料を落下させて瞬間燃焼させ,ピーク幅の広がりを防いでいますが,難燃性試料では多少ピークパターンが広がる可能性があります。積分計はある程度ピークの広がりを拾ってくれますが,同じ検量感度でよいか検討が必要かと思います。

7-1.おわりに 

数値を扱うのは人間の持つ論理的な能力です.昔の話ですがエスキモーにトナカイの数を聞いても一頭,二頭までで,あとは沢山と言ったそうです。それでもトナカイよりはエスキモーのほうが数理を知っていたことになります。人間は幼いころの算数から始まって,代数や微積分など難しい数理を学びますが,複雑な計算をするほど結果に自信が持てなくなります。われわれ定量分析を受け持つ者は随分細かい数値にこだわりますが,それでも絶対間違いないと言うデータはなかなか出てこないもので,近頃では不確かさという言い訳を付け加えて結果を公表します。

中間的なデータでも問題のありそうなものは補正によって正しい値に置きかえます。補正はデータをランダムに乱す要素を取り除くのに役に立ちますが,それぞれの理由があってされるべきです。補正と並行して使用する測定器の目盛の校正もしておかなくてはなりません。手分析の時代は定量分析の基本としてこういった訓練がよく行われました。現代は自動分析が主体となり,試料を装置に入れるだけで分析結果が打ち出されるという,入口と出口だけの認識に傾いて,途中経過の検証がおろそかにされています。

標準試料を分析してその結果から分析計の感度係数を出し,この感度係数で未知試料の分析値を求めることがよく行われますが,何でもこのやり方では補正も校正も用がありません。未知試料が標準試料と同じ性格のもので同じ分析化学プロセスを経過すればよいのですが,必ずしもそうとは言いきれません。さらにもし標準試料が変質でもしていたら,その感度係数を使った未知試料の分析値は全部共倒れとなります。

分析プロセスを構成する単位操作のすべてに亘って,標準や目標を外さないように補正や校正を行って,最後には標準試料の相互管理で誤りのない分析結果を得たいものです。それでも人間のすることですから,間違いやばらつきが出るのは止むを得ないので,このあたり不確かさなど統計理論の防衛を身に付けるしかありません。

8-1.参考文献

1)文部省学術用語集:化学篇,南江堂(1955).

2)日本工業規格: JIS B-7609 日本規格協会(2000).

3)穂積啓一郎: 島津科学機械ニユース,Vol 26,No 6,p1 (1985).

4)R. Belcher, Ed.:Instrumental Organic Elemental Analysis: p33,Academic Press(1977).

5)日本工業規格: JIS R-3505 日本規格協会 (1994).

6)日本工業規格: JIS K-0970 日本規格協会 (1989).

7)A. Townshend, Ed,:Encyclopedia of Analytical Science,Vol9,p5240, Academic Press (1995).

8)日本工業規格: JIS K-0115 日本規格協会 (1992).

9)日本品質保証機構: 東京都世田谷区砧1-21-25.

10)J.T.Clerc, R. Dohner, W. Sauter, W. Simon: Helv. Chim. Acta,46, 2369 (1963).

11)K. Hozumi: Microchem. J., 10, 46 (1966).

12)安東浩司,森沢伸一,穂積啓一郎: 分析化学,46, 627 (1997).

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