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CHNフォーラム
第三部 ガラスと石英
- 1-1.はじめに
- 2-1.ガラスのルーツ
- 3-1.ガラスとは
- 4-1.ガラス工業
- 4-2.ホウケイ酸ガラス
- 5-1.水晶
- 5-2.石英ガラス
- 5-3.その他の石英製品
- 6-1.おわりに
- 7-1.参考文献
- 関連装置
1-1.はじめに
ガラスと石英はどちらも化学技術にとって不可欠の材料で,ビーカーやフラスコ,反応器や蒸留装置,ルツボや燃焼管,光学材料や試薬瓶とあらゆる領域で使われています。化学技術に限らず,装飾品や生活材料としても古くから用いられ,古代遺跡からこれらの物品が多く発掘されています.石器時代にナイフややじりとして使われた黒曜石は天然のガラスで,割ると鋭いエッジになることを利用しました。人工的なガラスはどこで発明されたものかよく分かりませんが,粘土を焼いて素焼きのつぼや人形を作る高温技術が進むと,次に表面にうわぐすりをかけて水を透さないようにしたり,さらに色彩や図柄をつけて美しく見せるようにしたと思われます。うわぐすりはケイ酸質の粘土に植物の灰などアルカリ分を含ませたもので,素焼きの生地より融点が低く,このため割合低い温度で素焼きの表面をガラス状に覆いますが,このあたりからガラス製造の知識が生まれたのかも知れません。
近代のガラスは純白なケイ砂にソーダ灰を混ぜて1000℃以上に加熱融解したものですが,冷却すると無色の塊になります。板状に広げたものは窓枠にはめて光を室内に入れるのに役立ちました。風雨に曝されても室内に光を存分に取り入れられるガラス窓の普及は,画期的な生活向上であったに違いありません。さらに銅,鉛,マンガン,クロムなどの金属を加えるとそれぞれ独特の色を出すので,ステンドグラスの材料に珍重されました.ガラスの材料は自然界に豊富にあるので,量産も容易に進んだと思われます1)。
一方石英は天然に水晶として得られるので,ガラスより古く発見され装身具として使われました。硬いので加工が難しかったと思われますが,その透明な輝きに魅せられて宝石の一種として扱われました。化学的には純粋な二酸化ケイ素ですが,軟化点が1650℃ときわめて高く,理化学方面では燃焼管の製作や高温の反応容器を作るのに向いています。以前はブラジルやマダガスカルに巨大結晶がとれたので,これを溶融して透明な石英材料を作っていましたが,近年は石英の微結晶の集合体である天然ケイ石を原料とし,これを高度に精製して溶融した高純度石英(通称,溶融石英)や,ケイ石を化学処理して液体の四塩化ケイ素を作り,これを原料として酸化または加水分解して二酸化ケイ素とし,人工的に超高純度の石英(通称,合成石英)を製造することなどが増えています2)。
文化,生活,科学,工業とあらゆる面でガラスと石英はわれわれの身の回りで重要な役割を果たしています。分析化学もその例外ではありません。さまざまなガラス器具,計量器,燃焼管,吸収管,光学部品,ガラス電極から電子時計の発振子までガラスと石英がふんだんに使われています。日常ありふれた材料ですが,これほど恩恵を受けているのですから,そのルーツと種類,性質など一般的なことを知って置くことも無駄ではないでしょう。
2-1.ガラスのルーツ
遺跡から発掘されるガラス製品は3500年ほど昔のエジプト期に遡りますが,実際にはもっと古くから作られていたと思われます。当時は色のついた不透明なガラスで,磨くと光沢のある表面になるので王侯貴族の装飾品に用いられました。ガラス玉やガラス象嵌が墓の副葬品で見られますが,瓶や杯状のものは希で,しかもあまり出来がよくありません。当時瓶や杯をつくるには,粘土で型を作り,これを融けたガラスに漬けて引き上げ,柔らかい間に模様をつけ,冷えた後で粘土を掻きだすという方法でしたから,形も色艶もあまり期待できなかったでしょう(図1)。
図1.古代エジプトのガラス杯
11世紀はベネチアンガラスが頂点を迎えました。港町ベニスは地中海貿易の中心地で,原料の輸入,製品の輸出,世界の先端技術を極めるのに有利な条件を備えています。年中火を焚くので,火事を避けるためか,昔から街の対岸のムラノ島に工房を集め,ひしめき合ってガラス製品の生産を続けています。小さな島ですが狭い通りを色とりどりのガラス工芸品を見ながら歩くだけでも楽しい訪問になります。
ガラスはもともと透明な材料という意味のラテン語のvitrumがありましたが,中世になってイタリーからドイツにガラスが輸入されたとき,天然物のコハクに似ていたのでそのラテン語のglesumと混同され,これからドイツ語のglasになり,さらに英語のglassになったと言われます。また日本では江戸時代,ガラス製品をビードロと言っていましたが,これはポルトガル語のvidroから来ています。子供の遊ぶビー玉も同じ語源です。ビードロのほうがラテン語のvitrumに近く,こちらが本来の呼び方かも知れません。歌麿の浮世絵で「ビードロを吹く女」というのが有名ですが(図2),息を吹き込むとポッペンという音がでるので江戸で大流行しました.今でも長崎のみやげ物屋では派手な色のポッペンが幅を利かせています。
図2.歌麿画「ビードロを吹く女」
ギヤマンという言葉もよく使われましたが,こちらのほうはオランダ語のdiamantを間違ってガラスのことにしてしまったもので,一見似てはいますがダイヤモンドとガラスとでは大違いです。ガラスの語源といい,ギヤマンの取り違いといい,あちこちで間違いだらけですが,新しいものに驚いた当時の人々の反応が分かるような気がします。
工芸用ガラスの一種に鉛ガラスが作られました。酸化鉛を原料に加えたもので,カットガラスの材料にこれを使うと,屈折率が大きく,光を受けると反射光が増し輝きが強くなります。ボヘミアンガラスの精巧な切り込みは,鉛ガラスの高い屈折率があってこそ美しさが際立ちます。後年鉛ガラスは光学用レンズやプリズムの製造に不可欠の素材になりました。
水晶は石英の一種ですが,目だって大きな結晶になったものを言います。土の中から出てくるので,昔は氷の一種と思い,水晶の英語rock crystalもギリシャ語の氷krystallosから来ています。希に色のついたものもありますが,ほとんどが無色透明で六角柱状など美しい形をしていることから,そのままでも装飾品に使えます(図3)。球状に磨いたものを透して見ると周辺が歪んで見え,不思議な形になりますから,昔から占いによく使われました。ヨーロッパの占い師の必需品で,大きな水晶球を客の前に置き,crystal gazingと言ってじっと相手を見つめると幻影が現れて運命を予言できるそうです。このとき照明を落としてやっと相手が見えるくらいに薄暗くすると言いますから,このあたり少々怪しげな裏わざがあるような気がします。
図3.天然水晶
不純物があると紫色のアメジスト,赤いガーネット,黒っぽい煙水晶などいろいろな名前の水晶になりますが,装飾性と希少価値から無色の水晶より高価なものになります。中国で古くから珍重された玉(ぎよく)はヒスイの一種で,石英などのかけらが融合したものですが,緑または乳白色をしており,加工がし易いせいか,彫刻や印鑑の材料によく使われます。玉という字は王に点を打つので,私見ですが本来は王侯しか持てなかった貴重品ではないでしょうか。
3-1.ガラスとは
気体,液体,固体と自然界には3態ありますが,ガラスはもちろん固体に属するものの,一般的な固体とはかなり性格を異にしています1-p2)。気体や液体はその構成分子が固定的な繋がりを持たずに自由に動き回っているのと比べ,固体は周囲の分子と結合して立体的な位置を変えません。分子間の結合の原因は金属のように価電子の共有によるものや,化合物のように分子の極性に基づくものがありますが,いずれにしても熱を加えると結合距離が振動をはじめ,ある温度になると結合を解いて自由に動きまわるようになります。これが固体の融点で,物質によって決まった温度があるので物質が何かの同定によく使 われます。
ガラスは二酸化ケイ素O=Si=Oを網目状に立体的に繋いだ物質ですが,ソーダガラスでは所々網目が切れてナトリウムやカルシウムと結合した部分があります(図4)。不規則に立体的に網目が延びているので,熱を加えても分子間の振動が場所によって一定でなく,結合が切れる温度が違うものですから,全体として軟化が始まり,まもなく飴状になり,最後に液状になります。この軟化の始まる温度をガラス転移温度と言い,一般の物質のようにある温度で突然固体から液体へ変化するのとは様子が随分異なります。
図4.ケイ酸ガラスの網目構造
ガラス転移を温度と体積の関係で示すと図5のようになりますが,温度と共に体積は膨張してゆきます。これは分子間の振動が激しくなって網目構造が膨らんでゆくからです。ガラス転移温度に達すると一部の網目が切れ始めさらに膨張して飴状になります。温度を上げ続ければ切れた部分が動き出し,最後に液体化します。図ではガラスがもし秩序をもった結晶性の固体であったらと言う仮定で下側に書き入れがしてありますが,そのときは融点で一挙に固体から液体になる筈です。
図5.ガラス転移と温度の関係
逆に融けたガラスを冷却して行くと流動性がなくなり,液体でもなく,固体でもない中途半端な状態になります。これを過冷却融液と呼んでいます。そのままさらに冷却すれば固体のガラスになりますが,流動性の無くなったガラスがそのまま固まったものですから,外観は固体ですが,内部の分子は液体のまま無秩序に固まっているという事になります。
ガラス転移はガラスだけでなく,硫黄,グリセリン,リン酸,ホウ酸,高分子材料,その他いろいろの物質で観察されます。ガラス状の物質かどうかは,分子の並び方が規則性を持っているかいないかで決まりきますが,一番頼りになる判定法は回折X線スペクトルを取ってみることです。結晶性があれば鋭いピークが所々現れますが,ガラス性物質はハロー図形といってなだらかな山状の立ち上がりがあるだけになります。図6では水晶の一種クリストバライトとこれを溶融した石英ガラスの回折X線像が示されています。もう一つの方法は熱分析で,結晶性物質であれば融点温度で急激な吸熱曲線を示しますが,ガラス性物質は転移温度で小さな吸熱を示すのみで以後あまり大きな変化はありません。
図6.水晶と石英ガラスの回折X線像
4-1.ガラス工業
ガラスの主成分は二酸化ケイ素ですが,岩石中に石英,長石などとして含まれたものが風化して海岸や川底に堆積した白砂を原料とします。不純物の少ないガラス用のケイ砂はほとんど外国産で,オーストラリア,東南アジアから輸入されますが,国産のものは粘土分を含み,精製の必要があります。表1は代表的なケイ砂の組成で1-p287),二酸化ケイ素以外の不純物として酸化アルミニウム,酸化チタン,酸化鉄()などがありますが,このうち鉄分がガラスを着色するので一番問題になります。オーストラリアのものは鉄分が最も少なく,良質なガラス製品が得られます.わが国の輸入量の90%がオーストラリア産といわれます。
表1.代表的なガラス用けい砂の化学分析値(wt%)
ソーダガラスは基本になるガラスで,歴史も古く,今でも生産量として全体の40%に達します。精製したケイ砂にソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)と石灰石(炭酸カルシウム)を加え,融解炉の中で均一に熔かします。大きなものでは1000トンものガラスを蓄えるタンクがあるようです。引き出し口から連続的にガラスを取り出し,板ガラスや瓶に加工します。安価な製品ですが,膨張係数が大きいので,急熱や急冷をするとひび割れを起こす欠点があります。
以前は板ガラスの製造に,融けたガラスをローラーに挟んで隙間から引き出す方法をとっていましたが,多少表面が波打ち,窓にはめると外を見たとき景色が少し歪んで見えました。鏡など平面性のよいものを作るにはさらに研磨を必要としました。その後ローラーを用いず,錫を熔かしたプールの上をゆっくり滑らせて取り出すフロート方式を採用するようになって,ほとんど表面の波打ちが無くなりました1-p358)(図7)。その代わり大きなガラス板がはめてあっても,それと気づかなくてうっかり突き当たるような事故が増えています。ローラー方式も最近はまた機構が進んで,大きなものは出来ませんが,コンピュータ制御で特殊な精密平板ガラスの製造に利用されています。
図7.フロート法による板ガラスの製法
逆に外から見られないように摺りガラスや凸凹ガラスに加工したり,また一枚ガラスの壊れやすい欠陥を補うため,プラスチックを間に入れた合わせガラスや,盗難除けの網入りガラスなど,時代の要求に沿ってさまざまな工夫がなされています。
ソーダガラスは大量に作られ,値段も安いので粗末に扱われますが,分析化学にとっては重要な水素イオン応答性ガラスです。ガラス膜が水素イオン濃度に応じて膜電位を発現することは,1906年イギリスのクレーマー (M. Cremer) によって知られましたが3),その後のガラス組成の改良と電位差計の進歩によって信頼性の高いガラス電極pHメータが量産されるようになり,今ではどこの化学実験室にもある大切な道具になっています。
ガラス電極はその後アメリカのアイゼンマン(G. Eisenman)によってさらに研究が進められ,水素イオン以外のいろいろなイオンに感応するものが開発されました4)。今日イオン選択性電極と言われている一連のセンサーのさきがけです。ガラス電極を含めイオン選択性電極とその応用については別の機会に説明したいと思っています。
4-2.ホウケイ酸ガラス
ソーダガラスにホウ酸を加えたホウケイ酸ガラスは19世紀の末,ドイツ,イエナのショット (Schott) 社でレンズの色収差を減少する目的で作られました。めがねや望遠鏡のレンズをソーダガラスで作ると,波長により屈折率が違うため輪郭のところで色がつきますので,これを避けるためでした.クラウンガラスという名称で親しまれました。
しかしこのガラスは熱膨張係数がソーダガラスに比べ著しく小さいので,まもなく耐熱ガラスとして評価が高くなり,加熱冷却の多い理化学用ガラスとして広く使われるようになりました。ショット社のSupremaxという名のガラスが先ず製造されましたが,その後1915年米国コーニング(Corning)社がパイレックス(Pyrex)の商品名でホウケイ酸ガラスの大量生産を始め,ドイツよりこちらの方が有名になりました。Pyro-はギリシャ語で熱を意味するpyrosからきた接頭語で,-exはラテン語の逃れるという意味の接尾語ですから,用途に相応しいうまい名前です。わが国にパイレックスガラスが大量に輸入されるようになって,現在はこれがホウケイ酸ガラスの代名詞のようになっています。軟化点がソーダガラスより高く,800℃ほどですがガラス細工のとき都市ガスに酸素を加えると容易に加工ができます。急熱急冷の機会の多い化学実験用のガラス器具には最適の材料で,この他にも温度計用ガラス,水銀灯の電球管,レトルト食品の鍋などいろいろな用途に使われています。
代表的なホウケイ酸ガラスの種類と組成を表2に示しますが1-p16),酸化ホウ素の量は10%前後で,熱膨張係数は30~50×10-7/℃とソーダガラスの80~90×10-7/℃に比べ半分ほどになっています。この表にはありませんが,わが国でも1950年代東芝からテレックス,富士フィルムからヒートロンという耐熱ガラスが生産されましたが,そのガラス組成などはよく知られていません。恐らくパイレックス類似のものであったかと思われます。
表2.ホウケイ酸ガラスの組成(wt%)・特性・用途
ホウケイ酸ガラスの一種になっていますが,例外のものがあり,バイコール(Vycor)と呼ばれる石英ガラスに近い軟化点を持ったものがあります1-p177)。以前石英ガラスを作るのに天然水晶を溶融していたころ,人工の代替ガラスとして1938年コーニング社が開発しました。このガラスの製法は複雑で,一度パイレックスを転移温度の500~600℃に一日持続的に加熱し,内部でナトリウムやホウ酸の多い部分とケイ酸の多い部分を作ります。液体でもなく,固体でもない境目の状態に保っているので,ケイ酸質の結晶性部分が集まって固まり,そうでない部分が液体に止まって縞模様になります。これをガラスの分相と言っていますが,冷却しても組成の違ったガラスが細かく混ざり合ったようなものになります。
こうしてできた材料を塩酸や硝酸に浸漬し,何日か放置しますとナトリウムやホウ酸の多い部分が溶け出し,殆どケイ酸質ばかりの多孔性ガラスが残ります。これを最後に1200℃以上に加熱すると収縮して多孔性がなくなり,透明なバイコールの生地になります。ほぼ石英に近い組成ですから元素分析用の燃焼管に使われた時代もありました。しかし現在は石英ガラスが高純度に精製したケイ石を電気炉または酸水素炎で溶融して安価に,かつ大量に作られますので,その需要はほとんど無くなりました。ただ古い欧米の微量分析の文献や書籍にはよく出てくる燃焼管の材料名ですから知っておく必要はあるでしょう。
パイレックスは理化学用硬質ガラスとして広く使われている反面,ホウ酸の溶出が問題となる時があります。ホウ酸イオンはフッ素イオンと安定な四フッ化ホウ素(BF4-)イオンを形成するので,遊離のフッ素イオンを測定する分析法では定量値が低くなります。酸素フラスコ燃焼法ではフッ素の定量のとき,パイレックスガラス製を用いず,石英製のものを使うよう指定しています5, 6)。
フッ素含有試料を酸素フラスコ中で燃焼させるとまずフッ化水素が生成し,ガラスのケイ酸と反応して四フッ化ケイ素ができますが,これはまもなく加水分解してフッ素イオンとなり,定量の妨害にはなりません。しかしパイレックスガラスに接触するとホウ酸と反応し,四フッ化ホウ素イオンを形成してフッ素イオンの濃度を低下させます。これに対し溶融石英で作った酸素フラスコを用いるとホウ素源がありませんので,正しい分析値が得られます。図8はフッ素イオン選択性電極で測定したp-フルオロ安息香の検量線の,フラスコ材質による比較を示していますが,石英製のものはポリエチレン製のものと同じと分かります5)。ただしポリエチレン製は熱に弱いので繰り返し使用ができず,実用にはなりません。
図8.フッ素イオン選択電極の検量線
フラスコ材質 黒丸:石英 白丸:パイレックス 三角:ポリエチレン
5-1.水晶
石英とは石の優れものという意味ではないかと思われますが,この中でも水晶は際立っています。自然物なのに見事な結晶体でそのままでも鑑賞できますが,その上ダイヤモンドのように小粒ではないので,これを加工していろいろな光学部品,電気部品に利用しています。地球の構成元素は46%が酸素で,ケイ素はその次の28%と言われますから,二酸化ケイ素の結晶である水晶が多く採掘されたのは当然です。地中深く高温高圧に保たれた二酸化ケイ素が長い年月をかけて結晶化し,地表に押し出されたものをわれわれが採掘しているわけですが,自然の恵みの有難い材料として粗末に扱うことができません1-p485), 2)。
水晶が分析化学で身近なものになったのは紫外可視分光光度計のプリズムからです7)。透明度が高く,紫外線を吸収しない素材として水晶が選ばれたのですが,最初はスペクトルの分散をよくするため正三角形のプリズムを用いました。しかし水晶は複屈折で屈折率の異なる常光線と異常光線の二本の光に分かれる現象があり,このため結晶軸の反対な右水晶と左水晶を貼り合わせて正三角形とし複屈折を消去しました。ところが1862年リトロー(O. Littrow)は30°頂角のプリズムの一方に鏡面を施し,入射光と出射光を折り返して複屈折を消去する方法を考案しました(図9)。光路系の長さも水晶の量も半分ですむのでよい考えです。これをコンパクトな分析用光度計に組み込んで実用に供したのは1941年ベックマン(A. O. Beckman)ですが,第二次大戦後まもなくわが国に輸入されたときは,その機能のすばらしさに分析化学者,有機化学者の話題を集めました。
図9.リトロープリズム
少々後手にまわりましたが,ベックマンの分光光度計は忽ち器用な日本人の手で国産化され,輸入品に負けない器械が続々現れました。 このためプリズム用の水晶が随分使われたかと思います。しかし時代の流れは分光器用プリズムの需要を次第に枯らせてしまいました。それはレプリカ法による回折格子の出現によるものです。回折格子そのものはガラスの表面に1mmあたり1000~2000本の微細な溝を平行に切った四角の板ですが,物理学の領域で大分古くから使われていました。ところが加工が極めて難しく,一枚を得るのに甚だ高価なものにつきました。その後この回折格子が一枚の原版からレコードと同じようにプラスチックのプレスで量産されるようになり,水晶プリズムは価格的に対抗できなくなりました。現在実用分光光度計は殆どレプリカ法の回折格子を用いています。
プリズム式分光器はすっかり衰えましたが,幸い水晶のもっと華やかな需要が開けています。その大部分は人工水晶で2-p25),エレクトロニクス関連の部品として供給されています。人工とは言っても出来上がったものは天然のものと同じか,むしろ欠陥の少ないものです。プリズムのように目につく存在ではありませんが,われわれの周辺で無数の水晶が使われています。電子時計はアナログ表示とデジタル表示がありますが,中で時間を刻んでいるのは水晶の振動子です。時計の形をしていなくても電卓,通信機の発振回路や電子機器のICチップの中に組み込んであります。
水晶が振動するのは圧電現象によります。結晶体に外から力を加えると内部にある正電荷を持ったイオンと負電荷を持ったイオンが位置のずれを示すため,結晶の両側にプラスとマイナスの極を発生します。特に水晶,酒石酸ナトリウムカリウム,チタン酸バリウムが有名です。ガス湯沸し器の自動点火はチタン酸バリウムの焼結体をバネで叩いて高電圧を作り,その火花で着火しています。
水晶の板に外から力を加えて歪ませるとその両端に電圧を発生することは,逆に水晶板の両端に電極を設け,外から電圧を加えると結晶は歪みます。歪みは回復しようとしますが,もとの位置には止まらず,少し行き過ぎてから帰ってきます。すなわち振動を始めますが,もし電極の両端に増幅回路を設けて出力の一部を水晶にもどすと振動は持続します(図10)。この振動周期は水晶の結晶から振動子を切り出す方向と立体的な寸法で決まりますが,細かいところは最後の仕上げで調整します。切り出す方向だけでも随分種類があってそれぞれ目的によって使い分けをしています2-p67)(図11)。
図10.水晶発振子の振動回路
図11.水晶片の切り出し方位
水晶発振子の振動数は極めて正確ですが,100kHz以上と高周波領域ですから,電子回路で計数しながら1kHzに落とし,同期モーターを使って時計の針を回します。この時計の精度は10-8~10-9で従来の機械式時計の上限10-6を遥かに凌ぐものです。
電子時計はわれわれの周辺で見慣れたものになっていますが,この他にも水晶発振子は無数の電子回路に組み込まれて動いています。電卓やコンピュータのCPUも水晶発振子の動作周波数で乱れなく演算機能を発揮しています。家庭電化製品や携帯電話も例外ではありません。小さな優れもの水晶はハイテクを支える重要な素材です。
天然水晶の枯渇に伴い,人工水晶の製造がこれに変わりつつあります2-p25)。屑水晶や純度の高いケイ石を高温高圧のオートクレーブの中でアルカリと共に溶融し,この中へ種水晶を入れて放置すると自然対流の結果純粋な水晶が種結晶の上に成長します(図12)。一度アルカリに溶けたケイ酸イオンが脱水しながら水晶になるので,いわば溶液内での再結晶が行われたことになります。成長後オートクレーブから引き上げると,天然水晶よりもっと純粋で欠陥の少ない人工水晶が得られます。ただしこの製造技術は一回の引き上げまでに一ヶ月近くかかり,その間微妙な管理が必要で,高度のノウハウが求められるそうです。この技術については現在わが国が世界をリードしていると言われています。
図12.人口水晶育成用オートクレープ
5-2.石英ガラス
水晶は極めて高い温度に耐えるので,高温の化学処理や燃焼管を作るのに有力な素材でしたが,水晶自体を熔かす高温技術がなく,実現が遅れました。ようやく1900年代に入って炭素電極が使われるようになって工業的に製造されるようになりました。石英板や石英管などいろいろな加工品がこの頃から市場に出回るようになったと思われます。プレーグル(F. Pregl)も初期のテキストには燃焼管用ガラスとしてSupremaxを使うと書いていますが,まもなく石英燃焼管を使用するよう改めています8)。水晶を熔かして固まったものは石英ガラスで,もはや結晶の性質を失っていますが,軟化点が高いので燃焼管など高温作業の必要な分析化学にとって不可欠な材料です.また透明度が高いのでいろいろな光学部品に加工されています。
光学領域で広く使われる石英製品は吸光分析用セルですが,200 nmから800 nmの紫外可視分光光度計の角型セルや液体クロマトグラフ装置のフローセルとして用いられています。紫外透過は200 nm以下でもありますが,溶媒の吸収端が水で200 nm,エタノールでは215 nmですから使えるのはこのあたりが短波長限界です。角型セルの標準は光路長1 cmですが,製作精度は1/1000ほどを目標にしています。セルの組み立てはノウハウがあり,治具を用いて光路長を確保しながら溶接しますが,最近は溶接をせず,精密研磨して擦り合わせで組み立てる方法がとられるようになったと言うことです。光路長は0.5 cmから長いもので5 cmまでありますが,吸光度が光路長に比例するとは限りませんので,検量線はそれぞれのセルで作り直さなければなりません。セルの内面反射や光の分散などが長さによって違うからです。
さて石英燃焼管は微量分析の根幹とも言うべき大切な材料です。充填物を詰め,高温に加熱して気化した有機試料と反応させる場ですから,石英燃焼管はただの容器ではなく,いろいろな熱化学反応を行う化学物質でもあります。化学的には純粋な二酸化ケイ素ですから,高温でアルカリやアルカリ土類元素と触れると,接触面から内部に浸透し,ケイ酸塩となります。初期の元素分析ではガス炉で温度が十分でなかったため,酸化銅にクロム酸鉛を混ぜて酸化力を高め,充填しました8)。しかしクロムや鉛が石英に触れると表面から内部に浸透し,これもケイ酸塩となりますから,熱膨張係数が大きくなって加熱,冷却時ひび割れを生じます。また比較的融点の低いクロム酸鉛が石英管に融着して充填物の更新も出来なくなることがよくありました。
現在は電気炉で900℃前後が普通になっていますので,酸化銅,酸化コバルト,酸化タングステンなど高融点の充填物が使われ,石英管との反応は大分軽減されています。また充填物の前後に古くは銀線を丸めて押さえとしていましたが,当時はハロゲン除去の効果を期待していたものの,あまり有効でなく,むしろハロゲン銀となって融解して石英管に深く浸透し,折損の原因になっていました。現在はこれも石英ウールにかわり,随分石英管の寿命は延びています。
分析試料を燃焼したとき,試料に含まれる金属性元素や不揮発性元素が問題となるケースが増えています。ナトリウムを含む試料が割合に多いようですが,燃焼時飛び散ったナトリウムは石英管内面でケイ酸ナトリウムとなり,これはソーダガラスと同じですから膨張係数も大きく,燃焼管の内部と表面とでストレスがたまります。たびたびアルカリ金属を含む試料を分析しているとひび割れや最後には折損ということになりますが,そこまで行かなくともピンホールに似た信号トラブルが起こるかも知れません。アルカリ金属を含む分析試料は,試料ボート内で酸化タングステン30 mgを加え,タングステン酸塩として固定しなければなりません。
近年機能性物質を創製する目的であまりなじみのない元素を含む有機化合物が研究されています。周期律表を見ればいくらでも候補がありそうで,そういった試料を分析することもこれからあるあると思われます。そろそろ対処方法を考えなければなりません。限られた範囲ですが,特殊元素試料の分析法の記述9)と奥宮氏の一覧表10)が役にたちます。
金属元素を含まないはずの試料でも,実際には不純物としていろいろな金属元素が紛れ込んでいて,燃焼時石英管の内面に汚れとして飛散,付着します。一回の汚れは大した量ではありませんが,近ごろ一日の分析回数が増えているので蓄積量は無視できません。分析室の所属する事業所によって取り扱う試料中の無機不純物の種類や量は異なると思われますが,工業生産物や自然物では一度灰分を重量法で調べておく必要があります。
結果として燃焼管の汚れは仕方がないのですが,この汚れは燃焼管を抜けて検出器のほうに洩れる可能性があり,できれば燃焼管の中にとどめて置きたいものです。燃焼管の充填物の取替えが汚れ落としのチャンスですが,燃焼管を空にして尾部にゴムキャップをはめ,濃硝酸を少量入れて回転しながらガスバーナーで暖めると,少なくとも表面のアルカリ分はなくなります。汚れをもう少し落とそうとするとフッ化水素酸を二倍に薄め,内面を潤して常温でしばらく放置すると,燃焼管の内面が僅か溶解して汚れはほぼなくなります。ただしフッ素処理をしたものは内面が次第にすりガラスのように曇り,中が見えにくくなりますので,あまり繰り返しはしないほうがよいでしょう。
5-3.その他の石英製品
石英ウールはアスベストに代わって燃焼管や吸収管の充填物の押さえによく利用されています2-p190)。高温に耐え,かつ弾力性があるので充填層が緩まない特長があります。通気性がよく,ガス流量の大きい装置にも向いています。溶融した石英をノズルから出る高圧空気で吹き飛ばしウール状にしたものですが,工業品ですから,希硝酸で洗って乾燥しガラス瓶に保存します。
石英を線状に引き伸ばしたものは光ファイバーとして通信伝送に利用されます2-p130)。一本のファイバーで多数の電話回線を収容できるので,これからの通信メディアの主役になろうとしています。標準的なファイバー径は125 μmで,図13のように中心に石英のコアを,周辺部にフッ素などをドープしたクラッド層が形成されています。クラッド層は屈折率がやや小さいので,光はコアとクラッドの界面を全反射しながら前進しますが,距離と共に減衰があり,ところどころで中継増幅しなければなりません。それでもわが国の電話幹線は今や北海道から九州まで延べ12.000 kmを光ファイバーのネットワークで結んでいます。電線や電波と違って雑音や妨害を受けにくいので質の良い信号の伝達が可能です。
図13.光ファイバーの光路
光の透過性のよいことと高温に耐える特性から,各種ランプの発光管に石英が使われています2-p121) 。ハロゲンランプや水銀ランプは強力な照明の光源として広場や街灯に多数用いられていますいが,高出力のも のでは発光管が1000℃近い温度になるものがあるようです。またキセノンランプなど点燈中20~30気圧になることもあり,作動中の耐圧性も石英の長所です2-p121)。
半導体集積回路の生産に回路パターンを描いたフォトマスクが大量に使われますが,その基材は紫外線透過のよいことと,泡や異物のないことが絶対必要です2-p143)。石英板がマスク基材に使われますが,この上にまずクロム膜をコーティングし,電気回路に沿ってクロム膜を除去しておきます。これを紫外線で十分の一ほどに縮小してパターンを半導体チップに焼付けます。出来上がったチップの電気回路の幅は時代と共に精細となり,最近は1μmから0.1μmほどになっていますので,マスク基材の泡,きず,異物など光を遮るものがあっては,出来上がった半導体チップの電気回路が切れたり動作が不良ということになります。全く欠陥のない超高純度の合成石英を用いたフォトマスクがここでは必要とされます。
図14.フォトマスクによる回路の焼付け
6-1.おわりに
自然界が生んだケイ素の恵みにつてガラスと石英の例を紹介しましたが,生物は炭素のほうを先に生命の源にしてしまったせいか,ケイ素は異物と感じているようです。しかし中にはケイ藻やイネ科植物のようにケイ酸イオンを吸収しないと育たないものもあり,生命を支える一面もあります。人間はしかしケイ素を利用して陶磁器,ガラス,石英など生活を豊かにする文明を育ててきました。文明の歴史においてこれらの材料は最もすばらしいものと言ってよいでしょう.鉄器や火薬も時代を変える働きをしましたが,血なまぐさいところがあり,平和で美しいガラスや石英の輝きに及ぶべくもありません。
最後になりましたが,本稿作成にあたり(株)大興製作所11)からガラスと石英に関する技術資料や記述上のアドバイスを頂きました。ここに深謝の意を表します。
7-1.参考文献
1). 山根正之ほか7名編:“ガラス工学ハンドブック”,朝倉書店,(1999).
2). 加賀美敏郎,林 瑛(監修):“高純度シリカの製造と応用”, (株)シーエムシー,(1999).
3). M. Cremer: Z. Biol. 47, 562, (1906).
4). G. Eisenman: “Glass electrode for hydrogen and other cations”, Marcel Decker, (1967).
5). 穂積啓一郎,秋元直茂:分析化学,20, 467, (1971).
6). 日本薬局方解説書編集委員会編:第十三改正日本薬局方解説書,p-B188,広川書店,(1996).
7). 穂積啓一郎,北村桂介:“機器分析通論”,p93,広川書店,(1980).
8). F. Pregl: “Die quantitative organische Mikroanalyse”, p30, Springer, (1930).
9). 日本分析化学会有機微量分析研究懇談会編:”有機微量定量分析”p222, 南江堂,(1967).
10). 奥宮正和:”有機微量元素分析において妨害となる元素の化合物表”.自主印刷物,元大阪大学理学部元素分析室,(1993).
11). (株)大興製作所: 京都市南区久世中久町676, Tel. 075-933-4191.