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第二部 プラズマ化学の応用領域

1-1. はじめに

気体の放電現象で得た活性粒子を化学反応に利用する新しい技術として登場したプラズマ化学は,1960年代有機物の低温灰化に始まって,半導体工業のレジスト除去とシリコンエッチングに発展し,さらにプラズマ重合による薄膜形成から医用高分子への応用まで広がりました1-3)。「第一部 酸素プラズマによる低温灰化技術」ではこの技術の生い立ちを説明しましたが,そこでは最初に立証された酸素プラズマによる分析化学的成果を幾つか取り上げて参考に供しました。酸素プラズマには酸素分子から解離した原子状酸素が含まれ,有機物と接触すると強力な酸化作用で表面から静かに燃焼を進め,最後には灰を残します。殆ど熱を発しないで進行する燃焼機構は従来の発熱を伴う燃焼とは原理的にも違うと思われますが,その説明に必要な原子状酸素の性格や挙動が改めて検討対象になりました。

考えて見れば従来の化学は常温,常圧という地球上の自然環境からさほど離れない条件で進められてきましたが,宇宙規模で捉えるとこれはたまたま人類に与えられた特殊な条件下の事象といえます。絶対零度という冷えた環境から太陽表面のように超高温の場所があると同時に,宇宙空間のような真空状態から深い地底でダイヤモンドの合成される超高圧の場まであり,全く違った環境では地球表面の常識を外れた化学反応があっても不思議ではありません。古代エジプトの歴史でラムセス朝が最も栄えた時,中東のアッシリア(現イラク地方)まで軍を進めましたが,そこで兵士達は信じられない光景を目にしました。チグリス,ユーフラテス川が北から南に向かって流れていたことです。エジプト人にとってはナイル川沿岸の世界がすべてで,悠久の昔から川は南から北に向かって流れるものと決まっていました。それは太陽が東から出て西に沈むと同じほど当たり前の事です。兵士達は遠い異国で見たこの不思議な川を「逆さ川」と呼び,故郷に帰ってからも繰り返しその驚きを人々に語り聞かせたと言います。身近な常識の世界に安住していては,本当の広い自然界の理解に欠けることがある事をこの話は教えています。

人類は石器時代に火を使う技術を獲得しました。夜は照明に,また食物の調理に欠かせぬものとなりましたが,火は燃える木から発する有機気体の酸化反応ですから,ここでは反応熱で得た気体分子の速度エネルギーが分子間の衝突を引き起こし光を発しています。ファラデーも青少年向けのクリスマス講座で “The Chemical History of a Candle”を語りましたが4),ろうそくのパラフィンが溶けて芯に這い上がり,気体となって酸素の少ない中心から次第に外側の高温部に移行して,最後は水と二酸化炭素になる気相の熱化学反応を面白く説明しています。また中世の錬金術からスタートした化学は多く液相の熱化学反応を利用しています.硫酸,硝酸,アンモニアなどの製造,タール工業から出たベンゼンやアニリンを原料とする染料や医薬品の開発,それらの技術を支える蒸留,沈殿,加水分解,発酵などいろいろの化学操作を駆使して有用な物質を作り出してきました。液相中の反応では気体反応と違って与えられた温度でのブラウン運動で起こる分子間衝突エネルギーで進行します。

有機化学者はかなり昔から分子構造の解明に二重結合の酸化的切断という方法を利用してきました.切断で低分子化したものの構造を決め,あとでジグソーパズルのように分子の全体像を組み立て直します.この切断にはオゾンを使うと二重結合に選択的に働くので,有機化学研究室にはオゾン発生装置が普及していました。現在は質量スペクトルや核磁気スペクトルの解析で分子構造を組み立てるので,オゾン発生装置は研究室で無用化し,すっかり姿を消してしまいましたが,実はオゾンの生成は熱化学反応によらず,高電圧で加速された電子が酸素分子に衝撃を与えることで進行します.ただし常圧気体の放電ですから電子を加速してもすぐ分子に衝突してしまい,それほど電子の速度エネルギーは大きくなりません。それでもオゾン発生装置は常圧で作れるので,現在でも室内空気の殺菌,消臭によく使われ,また上水道に注入して高度浄化に活用されています。

1962年C. E. Gleit 5) が低圧酸素を高周波で励起してプラズマ化し,その中の原子状酸素で有機物を熱を加えずに燃焼できることを発見したことは前稿(第一部 酸素プラズマによる低温灰化技術)で説明しましたが,この装置の発想が常圧の酸素に高電圧放電を加えるオゾン発生装置にルーツを持つのかどうかはよく分かりません。 Gleit博士の最初の論文にも,またその同僚であった Hollahan博士の解説記事にもどこからヒントを得たのか全く記載がありません。Gleit博士は随分昔に会社から引退され,またHollahan博士はまだ働き盛りで突然亡くなられたため,そのあたり確かめる手段を失っています。しかしオゾン装置が化学者の手にあって保守的に温存されたことも原因で,似た面のある低圧酸素を用いるプラズマの利用に思い当たる機会を得なかったのも無理ありません。ともあれ1960年代に低圧気体の放電によるプラズマ技術が見つかったことは,その後の有機物低温灰化,固体材料の表面処理,集積回路の製造プロセス,逆浸透膜やイオン選択ろ過膜,その他医用高分子材料への応用などへの急速な発展に決定的な要因となりました。古典的な熱化学反応とは一味違うプラズマ化学反応は完熟期に入ったとはまだ言えませんが,それなりの成果を現しています。それぞれの項目を詳しく説明するにはスペースを要しますので機会を改めるとして,本稿ではプラズマ化学反応の基本と応用領域を概説します。

2-1.プラズマ装置の構成

大気中で低圧空間を作るためにはチャンバーと排気ポンプが必要で,内部の放電状態や材料の処理状況を観察するためにガラス製チャンバーが普通使われます。希に金属製チャンバーが使われますが,どこかにガラスの覗き窓が必要です。チャンバーには目的によっていろいろな形態がありますが,大別して流通管形とベルジャー形に分かれます(図1)。

図1 プラズマ化学反応器

いずれも反応器内には一方から原料ガスを導入しながら,他方から真空ポンプで引き,チャンバー内を1~0.1 Torr(1 Torr = 133 Pa)に保ちます.電極にはコイルとコンデンサーから成る高周波同調回路(マッチングネットワーク)をつなぎ,電源から同軸ケーブルで必要な電力を供給します。50Ωの高周波インピーダンスを持った同軸ケーブルには低電圧,大電流が流れていますが,プラズマ気体の内部抵抗が数千Ωありますので,マッチングネットワークで高電圧,低電流に変換します.この変換にはπ―マッチングというコイルとコンデンサーで構成された回路がよく用いられます(図2)。

図2 π-マッチングネットワーク

電極は高電圧ですから触れないよう注意が必要です。同軸ケーブルには定在波率計(Standing Wave Ratio Meter,SWR計)が途中に挿入してあって,通過する電力と同時に進行波に対する反射波の比率を読み取ります。これにはプラズマの発生時にマッチングネットワークのコンデンサーを加減してSWR計の指示を最小にします。反射波0 %が理想ですが,10~20%でも実用には支障ありません。

流通管形では外部電極方式が普通ですが,電極材料のスパッタリングによる微量金属の汚染の心配がないので,有機試料の低温灰化や灰化物の原子吸光分析など分析化学的な利用に向いています。一方ベルジャー形は半導体プロセスや高分子材料の表面処理など面積のある材料に均一なプラズマを作用させるよう作られています。ここでは原料ガスが材料面の上から静かに拡散してくる様式になっています。多くの場合ドラム状の上部電極と接地した下部電極が数センチメートルの距離に対向していて,上部電極の下面に多数の噴射孔が開けられています。原料ガスは細いテフロン管を通って上部電極のドラム内部に供給されます.電極板がプラズマ空間に接しているので反応物が電極表面に沈着する場合があり,状況を見て電極板を清掃しなければなりません。ベルジャー全体の内部の汚れは清掃が大変ですから,同じプラズマ処理を繰り返すときは対向電極だけを取り外して清掃するのがよいでしょう。大規模の工業用プロセスでは実験用のプラズマ装置とかなり違った形に設計がされますが,基本的な考え方は共通しています。

3-1.プラズマ化学反応の特徴 

加速電子の衝撃で起こる化学反応の最初のステップは分子軌道の切断です.原子が分子軌道を組んで安定化している所へ高速の電子が飛来してくるので,分子軌道がそのエネルギーを受けて励起し,光を放出すると共にその部分の原子間結合力が失われ,ラジカルとして遊離します。ラジカルは不安定な化学種ですから,放置すれば再結合して元の分子に戻りますが,継続して電子衝撃を加えればラジカルの生産とその再結合が平衡して,ある濃度のラジカルがプラズマ空間に存在することになります。プラズマ条件にもよりますが,ラジカル濃度は数%から十数%といわれます。

A2+e-* → A2 + e → A + A+hν (e-*は高速電子)

電子の速度エネルギーは電場の強さと加速される距離に比例しますが,低圧になると電子の平均自由行程が長くなるので,同じ電場でも獲得する電子の速度エネルギーは著しく大きくなります。電界強度E (V/cm)と圧力P (Torr) の比 E/Pはプラズマ条件の重要なパラメータで,Pが1以下では殆どが弾性衝突でラジカルの解離はありませんが,1~10あたりになると励起衝突が起こりラジカルが生成します。それ以上になると軌道電子も放出されプラズマ空間は陰陽粒子を含む電離状態になります。ただし電子エネルギーはボルツマン分布を持つので,放電空間には量的な違いはありますが低速,高速の電子が常に存在します。

酸素プラズマではラジカルである原子状酸素が生成し,多くの有機化合物は原子状水素と本体の有機ラジカルに解離します。

                   O2 → O・+ O・
                   CH3CH3 → CH3CH2・+H・

ラジカルの表示法は決められたわけではありませんが,切断された不安定な結合手が残っているという意味の「・」を打つことが多いようです。切断された結合手が一本とは限らないので,特に有機化合物ではC―HのほかC―CやC―OHなどいろいろな結合部が切断され,ラジカル部位が何箇所もできます.「・」の数や位置にはあまりこだわりません。このため再結合のとき違う構成の物質となったり,場合によってはラジカル反応の繰り返しで重合反応が進んだりします。

酸素プラズマによる低温灰化では原子状酸素が有機物の水素を引き抜くか,またはC―C結合に割り込むことで始まります。

                   RH+O・→R・+ OH・
                   R’ R”+O・→R’・+ R”O・

有機物表面のアルキルおよびカルボニルラジカルは引き続き分子状酸素および原子状酸素と反応し,

                   R・+ O2 → ROO・
                   RO・+ O・ → ROO・

有機物の表面は次第に不安定な過酸化物に覆われて行きますが,これらの反応熱によって水,二酸化炭素,低分子の揮発性分子となって表面から発散して行きます。プラズマ空間に放出された低分子成分は容易に原子状酸素と反応し,材料表面で殆ど瞬間的に完全酸化されてしまいます。

4-1.プラズマ表面処理 半導体プロセスへの応用

酸素プラズマによる有機物の低温灰化は当初分析化学的な応用で注目を集めましたが,同じ原理で応用できる分野が間もなく見つかりました。1968年コダック社のセミナーでS. M. Irvingが半導体集積回路(Integrated circuit, IC)の高分子保護膜(フォトレジスト)の除去に使えることを発表しました7)。回路パターンを紫外線でシリコン基板上の高分子膜に焼付け,硬化しなかった部分を溶剤で除去します。このあと膜のない部分にフッ化水素酸や熱リン酸を作用させてエッチング(彫り込み)をし,微細な電子回路を形成させます.最後に残ったフォトレジストを酸素プラズマで除去します。かなり複雑な工程ですが,電界効果形トランジスタ(FET)の製造例を図3の左側に示します.気体による除去プロセスですからデリケートな回路を傷めることなく,断線や欠損のない製品が作れるようになりました。

図3 FETトランジスタの製造工程

1970年前後から酸素プラズマの技術は思いがけない方面に発展をします。CF4で代表されるフレオンをプラズマ化して原子状フッ素( F・)を作り,ICの基板であるシリコンやその上に形成させた酸化ケイ素,窒化シリコン膜のエッチングに利用しました8)。反応生成物四フッ化ケイ素SiF4は気体ですから,基板から静かに逃散して行きます。一方レジスト膜で覆われた部分は有機高分子の壁がありますからフレオンプラズマと反応しません。

                   Si+4F・→ SiF4 
                    SiO2+4F・→ SiF4+O2
                    Si3N4+12F・→ 3SiF4+2N2

プラズマエッチング法の導入によってフッ化水素,熱リン酸など扱いの厄介な液状試薬が不要となり,工業生産には随分有利となりました。これでレジスト膜の除去も基板のエッチングも図3の右側のように総て低圧の気体プラズマで一貫して工程が進められることになり,現在の大量生産が可能となりました。

ICは最初トランジスタやダイオードを平面的に並べたものでしたが,次第に立体的な構造を必要とするようになり,FETや論理回路をブロックで形成する大規模集積回路(Large scale IC, LSI)に発展しました.多層構造ですから絶縁性の保護膜を入れたり,層によって異なるエッチパターンを積み重ねたりする必要があり,回路設計も複雑ですが,設計の通り集積回路を作り上げる技術はさらに困難です。集積度はしかし年々向上して機能,情報量ともに拡大を続けています.このあたりの技術は電子工学の専門家が知恵を絞っていますので,化学者はその成果を見守っていますが,電子機器の利用なしでは化学生産も基礎研究もできないほどLSIの恩恵を蒙っています。半導体工業はいまや巨大産業化し,プラズマ技術もその中で大きなウエイトを占めていますが,昔の「プラズマ化学者」の力を借りずに発展の一路を辿っています。

4-2.プラズマ表面処理 固体材料の表面処理

色々な固体材料は天然,人工を問わず素材の持つ物性によって評価がされます。硬さ,柔軟性,可塑性,多孔性,色彩,保温性,その他目的に合ったものが使われますが,素材に備わっていない性格が求められることもあります.多くの場合表面の性質を変えることでこれらの不足点を補うことができます。合成繊維やフィルムに濡れ(親水性),風合い(着心地),接着性,染色性,生体親和性の向上を求めることがよくありますが,材料表面にカルボニル基,水酸基など極性の原子団を形成させると効果があります。酸素プラズマを短時間作用させるのが手軽ですが,目的によってヘリウム,アルゴンなど非酸化性のプラズマで表面変性をさせるケースもあります.後者ではプラズマ粒子の保有するエネルギーや紫外光が材料表面に作用します。

ポリエチレンに始まった一連の合成高分子材料は繊維,フィルム,プレートに多用されていますが,本来が石油製品ですから衣服などに使うと,汗を吸わず着心地もよくありません.綿繊維と混紡することがよく行われていますが,できれば高分子材料に濡れをよくする処理ができれば混紡率を下げることができます。フィルムやプレート類は接着の機会が多いと思いますが,接着剤との親和性は濡れと共通の極性基によって向上します。酸素プラズマで処理すると,灰化までに行かなかった中間酸化物が表面に残りますが,ポリエチレンフィルムのプラズマ処理で出来た表面酸化物の赤外スペクトルでは図4のように色々な極性基が認められました1)。親水性はフィルムの上に水を一滴落とし半球の形から評価しますが,プラズマ処理をしたものは半球にならず周囲に広がってしまいます。ただ困ったことは親水性が長続きしないことで,恐らく極性基のある部分が低分子化していて水に溶け出すか,または極性基が内面に配向するか,多分その両方の理由があると思われます。

図4 ポリエチレンの表面プラズマ酸化物

親水化に比べると接着性向上には効果抜群で,アラルダイト (エポキシ樹脂) で接着した高分子材料はプラズマ処理で10倍ほど強力になります(表1)。

表1 プラズマ処理した高分子材料の接着性向上

ポリエチレンの短冊を一端で接着し,一日置いて引き離そうとしても外れず,無理に引っ張ると接着しないところが引きちぎれます。酸化性のない不活性ガスのヘリウムでもかなりの効果を示していますが,アルゴンや水素でも同様で,恐らくプラズマ粒子のエネルギーを受けて高分子表面に二重結合の生成,橋かけ構造の発達があったものとされています。橋かけ構造は接着面の引き離しに抵抗力を生じます.Hansenら9)はこの技術をCASING(Crosslinking of Active Species of Innert Gases)と名付け,接着困難とされるテフロンへの効果を説明しています。家具,日用品,玩具など接着によって製造される多くの物品がありますので,プラズマ処理による接着力強化は有望な技術です。

4-3.プラズマ表面処理 天然高分子材料の表面処理

綿製品,毛織物,皮革は昔から使われた高分子材料ですが,合成高分子に追われて市場が狭まっています。ウールなど毛織物を洗濯すると次第に収縮しますが,その防止策,また染色性の向上,紡糸性の改善,不燃化,よごれ防止などにプラズマ技術が期待されました。常圧空気のコロナ放電がウールの防縮性に効果があることはかなり以前から知られていましたが,効果が出るまでの処理時間が数分から30分と長く,連続工程に向いていませんでした。またコロナからオゾンが発生し,環境衛生にも問題がありました.Pavlathら1, 10) は低温プラズマを用いて数秒の滞留時間でウール地の連続処理を行い,面積収縮率を十分の一に低下させました。表2によるとプラズマガスの種類にあまり関係がないことが分かりましたが,原因としてはウール表面がより親水性になり,繊維の絡み合いが強くなることが考えられます。もう一つ電子顕微鏡の観察によってウール繊維のスケール(鱗片)の突起が減少していることが分かり,洗濯前後の繊維どうしの進入,後退が可逆的になることも理由に挙げられます。

表2 コロナ放電による板材の接着性向上

セルロースや木材は家具やベニヤ板などによく使われていますが,安価な材料なのでプラズマ処理などあまり高度の技術の対象になっていません.昔のコロナ放電で処理したデータがありますが,接着力が数倍から20倍以上向上したと言われます11)。空気の放電ですから,オゾンや原子状酸素が材料表面に接触し,極性基を作っていることは間違いありませんが,電子顕微鏡観察によって材料の粗面化が進んでいることも認められ,これらの総合効果と思われます。

純粋な表面処理とは言い難いのですが,少し変ったアイディアも提案されました。天然または合成高分子材料の表面をアルゴンなど不活性ガスのプラズマ粒子で活性化し,表面の化学結合を切断してフリーラジカルを生成させます。この後アルゴンガスを有機ガスに切り替え,材料表面のラジカルサイトに新しい化学種のグラフトを行う方法です。いわば単分子のコーティングですが,綿製品のグラフト処理にはアクリロニトリル,テトラフルオロエチレン,ケイ素およびリンのビニル誘導体などが試みられました12).こう言った方法で処理した材料は染色性や汚れ防止に相当な改善があったと言われます。

4-4.プラズマ表面処理 医用材料への応用

医用材料のうち特に高分子材料は外科手術に重要な素材になっていますが,埋め込み材料などは長期生体組織と接触するので両者の適合性が問われます。また腎臓透析や輸血時の外部循環回路の血液凝固も危険因子の一つです。高分子材料と血液の間で拒否反応を起こしては生命維持にも支障が出るので,これらの材料に表面処理を施して生体適合性を向上させる方法が検討されました。親水性を良くすることは基本的に必要ですが,プラズマ処理で親水性を向上させると,同時に高分子表面にある低分子種や汚染物質が除去され,これを核とする血液の凝固がかなり軽減されるメリットがあります。

単なる親水性の付与だけでは生体適合性がまだ十分と言えないので,臓器や血液成分の一つであるヘパリンを材料表面に植え付ける研究がされました13).ヘパリンは図5のような分子量5千から2万の粘性を持つムコ多糖で,水酸基のほかスルフォン基を持ち,強い水和作用を持っていますので,これが血管内面に付着していると水のトンネルのようになり,その中では血液は凝固しません。

図5 ヘパリンの単位化学構造

そこでヘパリンを人工高分子材料に植え付けるのにプラズマ技術が用いられました.第一段階では材料表面にアミノ基を導入しますが,アンモニアガスまたは水素+窒素混合ガスのプラズマを材料に接触させます。

                    NH3 → NH2・+ H・
                    N2 + 2H2 → 2NH2

材料表面RHはプラズマの活性粒子によってラジカル化していますから,そこにアミノラジカルが結合してアミノ基を形成します。

                   RH → R・+ H・
                   R・+ NH2・→ RNH2

第二段階ではアミノ基が植え付けられた材料にヨウ化メチルを作用させ,四級アンモニウムに変えます.このあとヘパリン水溶液に浸漬するとイオン交換によってヘパリンが材料表面に導入されます。ヘパリン(Hp) はスルフォン基にナトリウムが結合したイオン性物質で,日本薬局方にも凝血防止剤として収載されています。

             RNH2 + CH3I → RN+H2CH3I
             RN+H2CH3I + HpOSO3Na→ RNH2CH3SO3OHp + NaI

色々な高分子材料にプラズマ条件を変えてヘパリンを付加した結果を表3に示します。35Sでラベルしたヘパリンの放射分析でヘパリン層の深さを測定していますが,どの場合も凝血速度はかなり遅くなることが分かりました。ただしこれで十分と言える程ではないので,もっと高密度のアミノ基を導入する技術が望まれます。

表3 高分子材料表面へのヘパリンの植え込み

医用高分子の他にもガラス,金属類が容器,注射器,外科器具に多く使われていますが,これらの殺菌,消毒は治療の一環として重視しなければなりません。アルコールやホルマリンなど古くから使われた消毒法から,放射線照射など強力なものもありますが,もう少し手軽な方法にプラズマ処理があります。ヘリウム,酸素,窒素,アルゴンなどのプラズマガスを器具類に接触させると,表面に付着した枯草菌 (B. subtilis var. niger) を完全死滅させることが出来ます2, 14)。ただしこの殺菌作用はプラズマの活性種によるものの他,プラズマ発光の紫外線も関与しているので,両者の寄与の度合いまではよく分かりません。一方金属やガラスの細い管や入り組んだ構造の物は奥の方まで殺菌し難いと思われますが,ヘリウムプラズマで処理すると内部まで効果が及びます。予め枯草菌の胞子104個を入れておいた0.07×8 cmの金属製毛管は15分,同じく0.17×12 cmのものは60分処理すると,完全に内部の菌を死滅させることができました。

5-1.プラズマ重合膜 固体材料の表面コーティング

生地の表面に塗料を塗って材料を保護したり,美観を調えたりすることは古い技術ですが,厚い膜では単純な壁の作用に止まるので,材料表面に薄膜を作って分子の選択透過性や材料の表面親水性または疎水性などを与える研究がプラズマを用いてされました。有機ガスをプラズマ装置に導入すると電子衝撃や励起化学種のエネルギーを受けてラジカル化し,これらが再結合と再ラジカル化して次第に分子量を増大し,プラズマ空間から材料表面に沈着します。ゆっくりと高分子膜が成長するので,時間の制御で膜厚の再現が可能です。有機ガスの種類にもよりますが,一般的なプラズマ条件で0.1~1μm/min の成長速度が目安になっています2)。拡散性の低圧気体から固体表面に重合膜が成長するので,膜厚は均一で,かつ多少立体的な材料でも回り込みによってコーティングが行われます。ただし膜厚は10μmを越えるとひずみが蓄積し,クラックや材料との剥離が起こり易くなりますので好ましくありません。有機ガスの種類は自由に選べるので,期待されるコーティングの効果からモノマーの化学構造を推定します。

実験室で使われるプラズマ重合装置は普通ベルジャー方式のものを用います。対象材料が面積を持っているので,均一コーティングにはプラズマの平面的な広がりが必要です。操作には材料を下部電極に載せ,ベルジャー内を十分に排気し,この後モノマーガスをゆっくり導入して0.1~10 Torrに保ちます。電極に高周波電力を加えると放電が開始されますが,有機ガスでは炭素原子の青色の発光が見られます.エタンをモノマーとした場合のプラズマ重合反応を示すと,最初にエタンのラジカル化が起こり,ラジカル同士の再結合で2量体を形 成し,さらにこれがラジカル化して多量体となって行きます.ラジカルが炭素鎖の途中に出来ると枝分かれ や橋かけ構造となり,立体的に複雑な高分子になります(図6)。分子量 が大きくなると気相に止まることが出来なくなり,固体材料表面に沈着します.沈着しても引き続きプラズマ粒子のエネルギーが表面にラジカルを作り続けるので,気相のラジカルがこれに結合して膜の厚みを増加させます.光学顕微鏡でも見えない厚さの高分子薄膜で材料表面は均一に覆われます。

図6 エタンのプラズマ重合機構

芳香族モノマーを用いてもプラズマ重合物が生成しますが,かなりの部分が開環し鎖状構造が化学構造に取り込まれます.表4には鎖状,環状の炭化水素モノマーから生成するプラズマ重合物の構造要素を示しますが,飽和モノマーから不飽和構造を,不飽和モノマーから飽和構造を,環状モノマーから鎖状構造を作り出すなど,プラズマ重合の特色ある反応機構を示唆しています15)。また窒素異項環のモノマーからはニトリルを末端とする重合物が得られ,一方水酸基やカルボキシル基は重合物から脱出する傾向にあります。

表4 炭化水素モノマーの重合物構造要素

重合物の化学構造はランダムに形成されたものですから,再現性はありませんが,スペクトル的な解析で存在する原子団を推定することができます.図7は市販ポリエチレン(A)とプラズマ重合ポリエチレン(B)の赤外スペクトルで,市販ポリエチレンに存在するメチレン連鎖の横揺れ振動(720 cm-1)は,プラズマ重合物には殆ど観察できません。(C)は(B)を100℃に40分加熱したものであまり大きな変化はありません。またプラズマ重合物のX線回折像をとると結晶パターンを全く現さず,原子配列に規則性のないことも明らかになりました。

図7 ポリエチレンのIR

有機溶媒にも不溶で,300℃でも軟化しない耐熱性を持っています.水素/炭素比やスペクトル解析からTibbittらは図8のようなプラズマ重合ポリエチレンの部分化学構造を推定しています16)。外観を損なわない表面コーティングにプラズマ重合薄膜が利用できます.特にフッ素系重合膜は高度に疎水性で,かつ無色透明で屈折率が小さい(1.39)特性があり,レンズ,フィルター類の反射防止,透過率向上に効果があります。

図8 プラズマ重合ポリエチレンの部分構造

例えば有機レンズによく用いられるメチルメタクリレート(屈折率1.47)の表面に500Åの厚さのパーフルオロブテン-2重合膜を両面にコーティングすると約5%の透過率の向上が認められました(図9)17)

図8 プラズマ重合ポリエチレンの部分構造

また赤外線の計測器に必要な窓材のヨウ化セシウムや塩化ナトリウムの結晶板に1μmの厚さのコーティングを施したものは,相対湿度80%の環境にも吸湿せず耐えることが証明されました18)

疎水性コーティングとは逆に親水性コーティングの試みもされました。ハードコンタクトレンズの表面の濡れが悪いと装用感に影響しますが,アセチレン―窒素―水の混合ガスをプラズマ化し,200Åの厚さの重合膜を形成させると,水との接触角が71°から37°に低下しました。重合膜の化学構造はよく分かっていませんが,かなりの強度のC=O基が赤外スペクトルに検出され,親水性の原因となっているようです。ウサギを用いた実験では未処理のものを一週間装着させたままにすると,レンズ裏面に粘液がたまり(図10, 上),濁りが観察されましたが,コーティングしたものは一ヶ月そのままにしても透明性が保たれました(図10, 下)19)

図10 コンタクトレンズの濁り防止効果

医用高分子材料にもプラズマ重合膜が応用されました.ポリ塩化ビニルは柔軟性に富み,耐水性であるため輸血,透析,点滴,血液バッグなどに多用されていますが,柔軟性はフタル酸ジエチルヘキシルなど添加した不揮発性の油で与えられています。管や容器からのフタル酸エステルの溶出を防止するためにピリジン,トリエチルシラン,テトラフルオルエチレンをモノマーとしてプラズマ重合膜をコーティングしたところ,いずれの場合も溶出量は0.1~1%に下がったと言われます20)。溶出防止作用はモノマーの極性にあまり関係せず,プラズマ重合膜の網目構造によるフタル酸エステルのトラップ効果であると理解されました。

5-2.プラズマ重合膜 半透膜としての応用

プラズマ重合膜が早い時期に注目されたのはアメリカのNASAが計画した有人宇宙計画でした.狭い宇宙船内でどうして水を確保するかがいろいろ検討され,積み込んだ水をリサイクルする技術が緊急課題となりました.無重力空間ですから蒸留などは出来ないので,圧力を加えてろ過する逆浸透膜が浮上してきました。汚い話ですが尿など排泄物からも回収するために高機能の逆浸透膜が求められました。プラズマ重合膜が薄く,緻密で,ピンホールがないことなどから,親水性のモノマーから目的に合ったものが出来ないか大勢の研究者が努力を傾けました。

方法は多孔性のミリポアフィルターの光沢面にプラズマ重合膜を適当な厚さに形成させ逆浸透膜としますが,重合膜の厚さが増えると溶質の排除効果は高くなるものの,同時に透水速度は下がります(図11)21)

図11 重合膜数と逆浸透性

一回の重合膜の厚さを0.07μmと見積もると10回くらいが良く,厚くても1μm近い膜が目標になりました.Yasudaらはいろいろなモノマーを使って逆浸透膜を作り浸透特性を比較しましたが,含窒素モノマーがよい浸透特性を示しました(表5)22)。含酸素モノマーのほうが親水性の高いものが得られると思われましたが,実際は反対でした。恐らく含酸素モノマーはプラズマ空間でCO, CO2 , H2Oなどとなって反応器から排出され,重合物に極性基をあまり残さないと考えられます。Yasudaはこの経験から “O-out, N-in” 説を唱え,当時の多くの人の支持を受けました。

表5 モノマーの種類と逆浸透性

含窒素モノマーはその後NASAグループによって集中的に研究され23,24),アリルアミンが逆浸透膜作りに適しているとしましたが,プラズマ空間でのモノマーの分解が少なく,窒素はニトリルのほかC=N―のイミン形として豊富に重合物に取り込まれ,親水性を発揮していると解釈されました。プラズマ重合による逆浸透膜は結局宇宙計画に間に合わず,水は水素と酸素で発電したあとの廃水を利用することになりました。

プラズマ重合膜の気体透過性は興味ある研究対象です。シリコーン:カーボネート共重合体を多孔性基材として,1μm以下の厚さのプラズマ重合膜を色々なモノマーから形成させ,水素/メタンの透過比率を測定した結果を表7に示しました25)。モノマーの種類によって透過比率は著しい違いがあり,この中ではニトリル系のものが高い選択性を示しました。気体分子の選択透過性は分子径,実際には分子の衝突半径に依存すると考えられ,水素とメタンの衝突半径がそれぞれ2.9Åと3.8Åとかなり異なる点から表6の値は理解できます。空気中の酸素含量を増加させる酸素富化膜の研究も以前から行われていますが,シリコーン系のプラズマ重合膜がかなり有望との報告があるものの,まだ実用の域には達していません。

表6 プラズマ重合膜の水素-メタン透過比

6-1.おわりに

プラズマ化学は40年ほど前に始まった科学で,部分的には定着したものもあり,特に半導体プロセスでは中核の技術になっています。しかし化学の目で全般を見るとよく説明のつかない現象もいろいろあって,ラボアジェ以来の伝統的な理論やルールで理解することが困難な事象に行き当たります。プラズマ空間では高速の電子のエネルギーで分子が簡単に高い励起状態になったり,イオン化したりすることが化学の常識を外す原因と思われますが,プラズマ化学反応の物理化学はこの点でまだあまり進歩していません。しかし分子も原子も本来陽子,中性子,電子で構成された粒子が量子力学のルールで自転,公転して成り立っているわけですから,外部から電子エネルギーが加えられればその秩序が変り,目新しい挙動をすることは不思議ではありません。

プラズマが強い電場で加速された電子のエネルギーで起こることは,化学者にプラズマ化学を伝統的なものとは異質のものと感じるようになり,手控えを余儀なくされましたが,考えようによってはその故に取っておきの新兵器が隠されていたと思われます。過去40年のプラズマ化学の発展と成果はまだその一部に過ぎませんが,応用面で期待できるいろいろの分野が次々と明らかとなっています。本稿では初期,中期の段階でプラズマ化学者が試みた応用研究を総括的に通覧しました。それぞれの延長線上にある理論と応用の進化は現在も続いています。

7-1.参考文献

1)J. R. Hollahan, A. T. Bell: “Techniques and Applications of Plasma Chemistry”,
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2)穂積啓一郎編:”低温プラズマ化学”,化学の領域増刊 111号,南江堂 (1976).
3)穂積啓一郎: 化学の領域,25, 713 (1971).
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