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ホーム 特集 CHNフォーラム 第三部 プラズマで作る分析化学素材

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CHNフォーラム

第三部 プラズマで作る分析化学素材

1ー1.はじめに

プラズマは電気現象ですから,化学者にとっては馴染み難い対象のように思われていましたが,1962年突然酸素プラズマによって有機物質が熱を発せず灰化できると分析化学の学会誌に掲載されると1),従来のルツボ灰化では揮発し易い無機成分の定量に利用され,同時に生物組織や細菌の無機像などが顕微鏡下に細かく観察されるようになりました2, 3)。この新技術は当時始まったばかりの半導体プロセスに早速応用され始め,フォトレジストの灰化除去やフロンを用いるシリコン基板のエッチングに発展し,今やコンピュータを含めあらゆる電子機器産業の根幹を支えるものになっています。これと平行して高分子材料の表面改質やプラズマ重合による機能性膜の作成など多彩な応用の道が開かれましたが4, 5),それらを纏めて一般的な解説を本シリーズ「第二部 プラズマ化学の応用領域」で記述しました。しかし元を訪ねると分析化学が出発点となったプラズマ技術ですから,もう少し古巣の分析化学畑で出来ることを書き足したいと思います。

酸素プラズマで有機物が低温で灰化できることは,紙などが焦げずに無色のまま消失することからマクロには認知されていますが,物質が燃焼しているマイクロスポットでも低い温度なのかは確証がありません.赤外スペクトルによる表面温度の計測では100~150℃という結果が出ていますが,これも測定面の平均値なので,本当のことはプラズマ灰化を経験した物質に聞いてみるのが良いように思います。オルトリン酸塩が温度を高くすると脱水し,二リン酸から三リン酸になり,強熱すると最後はピロリン酸になりますが,プラズマ灰化のあとでどう言うリン酸分布になっているかを知るのは,真の灰化温度の推定の良い目安になります。一方プラズマ灰化が低温で進行するので無機成分の回収が良いとは一般に知られていますが,多くのデータが原子吸光法で測定されていて,金属元素に関心が偏っています.たまたま水銀,鉛,カドミウムなど公害問題が盛んな時代でしたから,それは当然の成り行きでしたが,反対にハロゲンや硫黄,リンやヒ素など非金属元素の回収率については殆ど検討がされませんでした。

一方低分子の有機ガスをプラズマ化して得られる高分子膜は固体材料のコーティングや逆浸透膜として期待が持たれ,たまたま月旅行のアポロ計画がNASAで取り上げられ,無重力の船内での水のリサイクルに逆浸透膜が候補に上がりました。逆浸透膜としては当時すでに親水性の酢酸セルロースの膜がありましたが,プラズマ重合膜のほうが薄くて均質で脱塩効率が期待できると思われました。目新しい技術でもあり,学術的な挑戦の場として多くの化学者が参入し,学会誌を賑わせました。親水性の膜を作るためアルコールやカルボン酸など含酸素モノマーを使うと,恐らくプラズマの電子衝撃を受けて水や二酸化炭素,一酸化炭素の形で酸素原子が失われ,炭化水素モノマーの重合物に近いものが得られます。含窒素モノマーが比較的プラズマ中で安定なので,ピリジンやアリルアミンが多く検討されました6)。残念ながらアポロ計画で逆浸透膜は使われず,水素と酸素の燃料電池で発電し,出来た水を飲料水に使うことで終わりました。このあたりの事情は本解説「第二部 プラズマ化学の応用領域」にやや詳しく説明しました。

疎水性のプラズマ重合膜もいろいろ探索がされました.エチレンやプロピレンなど炭化水素モノマーを用いると,重合物の中に不飽和結合を多く残すせいか膜が黄褐色を帯び,素材の透明コーティングが出来ません.これに対しフッ素系のモノマーを用いると透明性の高い膜を作ることが分かり,NASAはパーフルオロブテンのプラズマ重合膜を推奨しています。赤外計測器の窓材に使うヨウ化セシウムの疎水性コーティングで高湿度に耐える性能を持たせたり,有機レンズに同じ処理をして光の透過率を向上させる成果がありました7, 8)

分析化学領域での研究対象としては,この他にもクロマト関連の材料の表面改質やコーティングによって分離挙動を改善したり,電気化学センサーの選択透過膜の開発などの応用研究があります。いずれもすぐ実用できるものとは言えませんが,プラズマ技術の特殊性が現れそうな面白い領域です。

2-1.プラズマ灰化法の改善 リン含有試料の灰化

リンは生体内でタンパク質や遺伝子の構成に重要な要素ですが,医化学の領域では古くから生物組織をケルダール分解してリン酸の定量を行っていました。ご存知のようにケルダール分解は硫酸ミストが漏れて実験室の精密器械を傷めるので,現在はどこでも敬遠されています。組織をプラズマ灰化法で処理し,灰を定量するのはこの点合理的です9)。実験のためガラスの皿にセルロースパウダーを広げて入れ,一定量のオルトリン酸塩溶液を添加して乾燥し,図1のような円筒型プラズマチャンバーで灰化しました.この灰を水に溶かし,バナドモリブデン試薬を加えて吸光光度法で測定したところ,結果は回収率10%前後と著しく低い値になりました。リン酸がプラズマで揮発するとは考えられないので,恐らく灰化中に脱水縮合したポリリン酸塩が増え,吸光光度法で測定されるオルトリン酸塩が相対的に減少したものと考えられました。

図1 円筒型プラズマチャンバー

そこで平行実験としてオルトリン酸塩を熱板上に加熱して吸光法で回収率を測定すると,200℃あたりから吸光度の低下が始まり,300℃近くになると20%ほどとなり,プラズマ灰化法の値に近くなりました。一方リン酸塩を含むセルロースパウダーの灰化物をイオン交換クロマトグラフィーにかけると,120~200℃の表面温度で灰化したものは何れも二リン酸,三リン酸,四リン酸塩の混合物になっていて,これは灰化物が200~300℃を経験した証拠になります。低温灰化過程でも,燃焼点では一瞬かなり高温になるようですが,それでもルツボ灰化などの持続的高温に比べると随分低い温度条件です。

塩素も塩化ナトリウムの形で保存食品や生体成分に広く分布していて,健康や食品衛生上の規制や測定対象にされています。ルツボ灰化が今でも一般的ですが,高温に曝されるので塩素原子が定量的に回収されるか多少疑問があります。プラズマ灰化法で低温に灰化すれば回収もよいのではないかと言う考えでこれを実行して見ました。リン酸塩の実験と同様,セルロースパウダーに塩化ナトリウム溶液を一定量添加し,プラズマチャンバーに入れて灰化を行いました。灰化終了後,水で洗い出し,硝酸銀標準液で塩素イオンの電位差滴定をしたところ,50%ほどの回収率に止まりました。塩素原子の行方につては全く分かりませんでしたが,逆にこれは面白い研究テーマになりました10~12)

灰化物の化学分析をイオンクロマト法などで実施すると,まずナトリウム原子は大体残っていますが,塩素原子が塩化物として50%前後に止まり,残りは塩素酸塩になっていることが分かりました。高周波電力によっても多少違いますが,それよりも放電の中央より下流域での灰化のほうが遥かに塩化物の回収が向上しました.ただし灰化の時間は長くなります。プラズマの激しい電子衝撃を受けながらの燃焼ですから,酸化のレベルも上がるのは理解できます。電子衝撃を避けて原子状酸素だけによる灰化が出来ないかと次のような実験を行いました。図2のように放電コイルから離して試料ボートを置いたものと,電子をトラップするために,20メッシュのステンレス鋼製のバスケットに入れたものを比較しましたが,単に下流に置いたものではまだ電界が残っていて,バスケットで電界シールドしたものでは電子衝撃が無くなり,表1のようにほぼ定量的に塩化物として回収できました.臭化物の低温灰化についても同様の実験を行いましたが,塩化物と似た結果が得られました12)

図2 電解隔離と電解シールド方式によるプラズマ灰化

表1 電解シールドとハロゲン回収率

ヒ素は強い毒性のため医薬品や食品の規制対象ですが,5価のヒ酸と3価の亜ヒ酸があり,公定法ではケルダール分解後,両者を還元してヒ化水素のガスとして測定しています。プラズマ灰化ではどう言う結果になるかを,ヒ酸ナトリウムと亜ヒ酸ナトリウム試料の灰化物をイオンクロマトにかけ,ピークエリアからそれぞれの定量を実施しました。ヒ酸塩は電界シールドしないと60%ほどしか残りませんが,シールドしたものはほぼ定量的に回収できました。亜ヒ酸塩の場合はシールドしないと70%以上がヒ酸塩に酸化してしまいますが,シールドするとヒ酸塩は7%しかなく,この結果電界シールド法は無機質の保存に随分効果があることが分かりました。この他にも硫酸塩と亜硫酸塩について比べてみましたが,ほぼ同様の無機質保存効果がありました13)

2-2.プラズマ灰化法の改善 二酸化炭素プラズマによる灰化

酸素プラズマでは原子状酸素が酸化反応の主体になりますが,高速の電子のエネルギーが灰化物を衝撃して無機成分の損失を起こしたり,予期しない高次の酸化物を生成したりします。酸素分子自体も燃焼点では酸化に加わって燃焼温度を高め,無機成分の回収率を低下させ,あるいは成分の化学組成を変化させます。金網バスケットによる電界シールドは無機質の回収を高め,成分の化学変化を押さえることが出来ましたが,酸素分子の関与を完全に避けることは出来ませんので,酸素の代わりに二酸化炭素のプラズマで生じる原子状酸素の利用を考えてみました。

CO2 +e-* = CO + O・+e

二酸化炭素をプラズマで解離すると,一酸化炭素と原子状酸素を生むことは予測できますが,どのくらいの濃度の原子状酸素が出来るかは分かりません。そこで測定のために少々変ったガス滴定法を用いました。

ガス滴定の原理と方法は文献14)を参考にして頂きますが,例えば二酸化炭素プラズマの場合,図3のような装置を用い,プラズマ解離したガスに二酸化窒素NO2を注入します。このガスは原子状酸素と結合して混合室で黄色い発光をしますが,二酸化窒素の注入量を次第に増やすと原子状酸素が無くなり,ちょうど当量になると突然発光が消えます.このときの二酸化窒素の流量から原子状酸素の濃度が計算できます。

図3 ガス滴定装置

この方法で酸素と二酸化炭素のプラズマ中の原子状酸素濃度を比べると,図4のように二酸化炭素からも十分原子状酸素が供給できることが分りました。二酸化炭素プラズマの特長は一酸化炭素の雰囲気中で原子状酸素の酸化が進むことで,いわば還元剤と酸化剤の共存下で反応が行われることになります。抑制された環境で灰化が行われるので,成分の損失や高次の酸化物の生成も極めて限定的になると思われます。

図4 放電域後流の原子状酸素濃度

実際二酸化炭素プラズマで塩化ナトリウムを含むセルロースパウダーを灰化してみますと,表2のようになり,酸素プラズマに比べて塩化物としての回収率が向上し,特に亜塩素酸塩の生成が無いことが分りました15)。電界シールドをしなくても二酸化炭素プラズマでほぼ定量的に塩化物が回収できますが,細かい比較では電界シールドしたほうがさらに安全です.臭素塩についてもほぼ似たような結果が出ています。ヨウ素塩となると化学結合力が小さいので灰化中ヨウ素ガスが生成し,さすがに損失を止めることは出来ませんでした.類似の実験にヒ酸ナトリウムを含む試料を灰化しましたが,二酸化炭素プラズマと電界シールドの組み合わせが優れていることが分かりました。その他血液など生体成分の灰化物中の金属の定量にも二酸化炭素プラズマの有効性が明らかとなり,まだ一般には使われていませんが,今後発展できる技術と考えます。

表2 酸素と二酸化プラズマによる灰化と塩化物回収率

3-1.親水性プラズマ重合膜 アルコール系モノマーの探索

石油関連の高分子材料は疎水性のものが多く,それが特長になる利用域もありますが,衣料品やろ過膜などでは逆に親水性が望ましく,従来はオゾンやコロナ放電で表面に親水基を植え付ける二次加工が行われました。酸素プラズマによる低温灰化法が見つかって高分子材料の表面親水化が試みられましたが,洗濯などを繰り返すと効果が急速に低下し,実用には到りませんでした。ただ染色には色素の染着性が向上し,鮮やかさや黒の深みが増すなどの成果があったと言われています.表面だけの親水基では効果が長持ちしないので,内部に親水基を含むプラズマ重合物の作成が試みられました。本稿の冒頭に記したようにアルコールやカルボン酸などをモノマーとするとプラズマ中で脱酸素が進行し,出来た高分子膜に親水性が残りません。通常のプラズマ条件で比較的残り易い極性基はアミンやピジン類で,含窒素モノマーによるプラズマ重合の研究が多く行われました16, 17)

筆者も窒素系プラズマ重合膜についてかなり探索の範囲を広げましたが,逆浸透特性などはかなり良いものの,殆どが薄い褐色を呈し,無色のものは出来ませんでした18, 19)。そこで考え方を変え,僅かな電力で励起が出来る三重結合を分子内に持ち,同時に水酸基を含むモノマーを選び,プラズマ重合すれば水酸基の脱離の少ない重合物が得られると考えました.モノマーとしてはプロパルギルアルコールCH≡CCH2OHが最も単純で,常温で液体(沸点114℃)ですから減圧するだけで蒸気が適当に揮発します20)。実験には図5のようなベルジャー形の内部放電式反応器を使用し,モノマーは上部放電板に取り付けたドラムの細い孔からシャワーのように噴き出す構造になっています。基材は下部電極に載せ,約5 cmのギャップで上部電極と対向させています。ポンプで減圧し,高周波電力を加えますが,僅か5 Wほどで重合が進みます。電力が小さいため電子衝撃でモノマーの破壊が少なく,無色透明な膜が基板の上に成長しました。

図5 ベルジャー型重合装置

プロパルギルアルコールのプラズマ重合膜(PPPA)に水滴で表面接触角を測ると45°でかなり高い親水性を持っています。もっと酸素原子を取り込むために水をモノマーに加えてみました.水とはよく混合し,相互に沸点も近いので混合比の気体が減圧によって蒸発してきます.このことは蒸気のガスクロマト分析で確認されています。水の量を増やすと重合膜の親水性はさらに向上し,60%の水を含むモノマー溶液から出来た膜(PPPW)では接触角は25°となりました。PPPAとPPPWの化学分析によって水酸基やカルボニル基の存在比率が分かりましたが,PPPWではモノマーに入れた水が分子内に取り込まれています。その他の物について纏めると表3のようになりました。アルコール以外にも親水性重合物を作りうるモノマーはありますが,カルボン酸,フランなどは蒸気圧が低かったり,分解したり,親水性が足りなかったりで,プロパルギルアルコールのように作り易く性格の良い膜は出来ませんでした。

表3 プロパルギルアルコール重合物の物性

親水性を発現する極性基の存在を重合物の化学構造に描いてみました。もともとプラズマ重合物はランダムな位置の原子がラジカル化して化学結合を伸ばして行くので,単位構造を描くことは出来ませんが,全体として元素分析,分子量,スペクトル解析,極性基の定量などのデータを組み合わせて矛盾しない化学構造を部分的に描くことができます。その例を図6に示しますが,いずれも酸素原子は水酸基,エーテル結合,カルボニル基の形で取り込まれています。PPPAと比べるとPPPWのほうが水酸基が多く,接触角がさらに小さいことが理解できます20)

図6 プロパルギルアルコール重合物の推定部分構造

3-2.親水性プラズマ重合膜 親水性重合膜の応用

酸素由来の極性基をもったプラズマ重合膜はいろいろな物質と異なる分子間力を現すと考えられますが,シリカゲル薄層クロマトのプレートにこの膜をコーティングすれば色素などの分離挙動が違ってくると思われました。とりあえずPPPAのコーティングをしたクロマトプレートについてアゾベンゼン,スダンIII,p-ヒドロキシアゾベンゼンのベンゼン溶液を展開し,移動比Rf値を求めると表4のようになり,プラズマ重合膜はシリカゲルの強い分子間力の緩和に働くことが分かりました。移動距離が大きいことは成分の分離に有利となります。アミノ酸水溶液を展開し,ニンヒドリンでスポットを発色させても似たような結果が得られました.PPPWでも似た効果がありますが,極性が少し大きいためかRfはやや低下しました21)

表4 アゾ色素の薄層クロマトグラフィー

高い親水性を持つ重合膜ですから低分子の水溶性有機物を透過すると考えられ,多孔性基材に酵素を沁みこませて,その両面を重合膜で覆えば酵素固定化膜が出来るはずです。グルコースオキシダーゼを含むリン酸塩緩衝液をミリポアVS(φ=250Å)に点滴し,乾燥させた後フィルターの両面にPPPAをコーティングしました。これを円板に切り,酸素電極の感応面にナイロンネットとO-リングで密着させました。出来上がりの状況は図7に示しましたが,この電極をグルコースを含む試料液に入れると,グルコースがPPPAを透過して酵素と反応し,フィルター内の酸素を消費します。酸素電極をフィルターに密着させると,間の水膜中で減少した酸素が陰極に届き,還元電流が低下します。電流値を記録計で見て定常状態になったときの変化量をグルコース濃度の指標とし,一方既知のグルコース濃度で検量線を引いてから定量を行うことが出来ました22)

図7 グルコースセンサーの構成

同じ方法で尿素センサーを作ることも出来ます。ウレアーゼをニュークリポアPC(φ=150Å)に含浸し,PPPAをコーティングしたものをアンモニア電極の感応部に取り付けました。アンモニア電極では尿素とウレアーゼとの反応で生じるアンモニアが電極内のpHを変化させるので,グルコースセンサーのように還元電流を捕らえるものとは測定機構が異なります。限られた条件で尿素濃度の検量線が得られますが,まだ検討の余地があると思われます。

PPPWは酸素官能基を豊富に含む親水性高分子ですから,膜本体にイオン透過性があると思われます。もしイオンによって透過性に差があれば一種のイオン選択性電極膜になる可能性があります。とりあえずpH変化が検出できるかどうかを検討してみました23)。ガラス電極はすでによく成熟したセンサーですが,内部抵抗が高くガラス薄膜の破損など取り扱いに注意が必要です。PPPA膜がpH変化に応答すれば電位測定が容易で,かつ使い捨てできる利点もあります。実験用のセンサー構造を図8に示しますが,PPPWをコーティングしたメンブランフイルターで底を閉じたガラス管にKCl内部液を入れ,これに参照電極を挿入しています。このセンサーと試料液に別に入れたもう一つの参照電極との間を電位差計で測定します.メンブランフィルターの選択も大切ですが,ポリカーボネートを材料としたヌクレオポアが推奨されました。150Åの孔径で膜に垂直に打ち抜かれたもので,適当に親水性で電気伝導性があることがあることが良かったようです。セルロース系のミリポアは吸水性で膨潤し,空隙に不規則な変化があるためか電位発現に再現性がありませんでした。

図8 プラズマ重合膜によるPHセンサー

異なる親水性モノマーで作ったセンサー膜で試料液の酸―塩基滴定をプロットして中和点での電位飛躍を測定すると,表5のようになり,PPPAよりPPPWのほうが遥かに応答性が高く,試験モノマーの中でも最も優れていました。

表5 異なるモノマーによる重合膜の中和点電位飛躍

PPPWのセンサーについて中和滴定曲線を描くと図9のようになりましたが,中和点付近でやや非対象になり,ガラス電極のように素直なS字曲線にはなりませんでした。図の解釈ではPPPW膜は水素イオンの方に強く応答していると思われます.まだよく検討された実験ではありませんが,プラズマ重合膜をセンサーの素材に使う方向性が示せたと思います。

図9 中和滴定曲線:(A)ガラス電極 (B)プラズマ重合膜電極

親水性プラズマ重合膜の作成にプロパルギルアルコールを用いたことは良い経験になりました。極めて僅かな電力で励起ができる三重結合を重合の原動力とし,それ故に水酸基を脱離せずに分子内に留められたことです。電子衝撃によって原子間結合は切れ易いのですが,電力が小さいと相対的に破壊も僅かで無色のコーティングが可能となりました。水酸基以外の官能基を保存する要求も今後あると思いますが,なるべく小さな励起電力で重合が進行するモノマーを選ぶことが大切です。

4-1.疎水性プラズマ重合膜 フッ素系重合物の作成

エチレンやスチレンをモノマーとした高分子材料は耐水性で,繊維やシート,電気絶縁材などに多用されていますが,プラズマで重合膜を作ろうと言う最初の試みも同じモノマーで始まりました。プラズマ重合物が繰り返しの部分構造を持たないことが分かって,重合理論も昔のものが通用しなくなってしまいましたが,プラズマ中での電子衝撃という新しいエネルギーが重合過程に加わってユニークな高分子化学が誕生しました。炭化水素をモノマーとするプラズマ重合膜については主として米国で基本的な研究が進められ,われわれも多くを学びましたが,一般的に薄いアンバー色から抜けられず,機能面はともかく,審美面で問題が残りました。

プラズマによって分解し難いモノマーとしてハロゲン系化合物が浮かび上がりました。炭化水素系はC-H結合力が弱く,原子間距離が長いので水素の脱離や引き抜きが多くなり,ラジカル反応が活発に進みます。塩素系はこれより安定ですが,ハロゲンの中でもフッ素系は最もC-F結合力が強く,プラズマ中で分解し難いと思われます。折よくパーフルオルブテン(CF2=CFCF2CF2)を有機レンズにプラズマコーティングして光の透過率を向上させたことが報告され7, 8),私達の興味を引きました。このモノマーはわが国では手に入らないので,代わりにフロンメーカーの研究室で手持ちのテトラフルオロエチレン(CF2=CF2)を小型ボンベに詰めて頂き実験に供しました。パーフルオルブテンはレンズの素材であるメタクリル樹脂より屈折率が小さいところから選ばれたようですが,この点を除けばテトラフルオロエチレン重合膜(PPTFE)は無色透明,任意の膜厚,高度に疎水性,有機溶媒に不溶,生物組織の灰化像の被覆保存など優れた物性を持っています。

PPTFEの化学構造を知ろうとしましたが,重合物の粉末から元素分析と赤外スペクトルのデータが取れる程度で,分子量や核磁気スペクトルを取るための溶媒が見つかりませんでした。殆どあきらめていた時,テトラフルオロエチレンを実験室で発生できると上記のフロンメーカーから頂いたジブロモテトラフルオロエタン(BrCF2CF2Br)がそのまま使わずに置いてあったことを思い出し,試みにPPTFEの粉末を入れてかきまぜると大部分が溶解しました.化学構造の近似性がこの偶然を引き起こしたと思われます。早速PPTFEの溶液と参照のため溶媒の19F-NMRを測定すると図10のようになり,溶媒のスペクトルを差引いてから構造要素を解析しました。

図10 PPTFEの19F-NMR (a)溶液,(b)溶媒

化学構造を描くためにはそれぞれの構造要素の存在比を測定しなければなりませんが,シグナル強度から概略の数値を出すと,

CF3―C : CF3―CF : CF3―CF2 :{CF2+CF+C}= 79 : 16 : 20 : 69

この結果は少々面倒な計算で得られますが,詳しいことは文献を見てください24)。溶媒に溶解した分の解析ですから重合物全体の姿とは言えませんが,構造要素の存在比率から推測した炭素鎖の広がりを表現すると図11のようになりました。

図11 PPTFEの部分化学構造

4-2.疎水性プラズマ重合膜 TFEプラズマ重合膜の応用

TFEのプラズマ重合では無色透明で疎水性の薄膜を固体表面に形成できるので,平面基材だけでなく複雑な表面形状の粒子にもコーティング可能と思われます。ガスクロマトグラフィに使われる吸着剤にコーティングしてクロマトグラムの保持時間やピークのテーリングに改善が見られるかを検討しました。実験にはベルジャー型のプラズマ装置を用い,下部電極台の上にプラスチック製の皿を載せ,これに吸着剤数グラムを入れて電磁バイブレータで水平に振動させました。皿の底が少し盛り上がっていると,この振動で粒子が流動し,表面更新が行われて均等にコーティングが進みます。

ポラパック,シリカゲル,活性炭についてコーティング時間を30 min, 1hr, 3hr, 4hrと変え混合溶媒のクロマトグラムを記録しましたが,本来疎水性のポラパックにはあまり効果がなく,シリカゲルでピーク形状を損なわない保持時間の短縮,活性炭では顕著なテーリングの消去が見られました。図12にPPTFEをコーティングした活性炭のクロマトグラムを示します.まだ初期の実験例ですが,プラズマ重合では粉体表面にも回りこみよくコーティングが出来ることと,成分と吸着剤の間で分子間力の調節に働くことが分かりました。

図12 活性炭による(1)エタノールと(2)水の分離:(a)未処理,(b)処理

粉体のコーティングが出来ることは,粉末医薬品にも応用して溶解速度の制御が可能と思われます.かぜ薬に配合される塩化リゾチームとビタミンB複合体のニコチン酸を選び,前者は巨大分子でコーティング膜を通過できないもの,後者は膜を透過できる分子径として実験に供しました。いずれにしても粉末にTFE重合膜をコーティングすると疎水性ですから水に浮き,溶解速度が計れませんので,一度打錠機で成型してから溶解性を測定しました。リゾチームは分子径が大きいのでコーティング膜から出られない筈ですが,膜厚と共に溶出速度は下がり,5000Åで約50%が溶出しました。恐らく水が浸透して膨潤し,コーティング層にクラックが生じて内部からリゾチームが溶出したものと考えられます。一方ニコチン酸は分子径から重合膜を透過するはずなので順調に溶出しますが,5000~10000Åのコーティングをすると100%溶出するまで数倍の時間に延長しました。ただTFEプラズマ重合膜でコーティングされた医薬品を服用した場合,健康に障害がないかは未解明ですが,全く水に不溶の物質ですから多分消化器官をそのまま通過するのではないかと考えています26)

ここまで来ると粉体粒子にコーティングした重合膜はどの程度均一に表面を被覆しているのか知りたくなります。そこでガスクロマト吸着剤に用いるポラパックQを振動皿に入れてコーティングし,メタクリル樹脂に混ぜて固め,ミクロトームで切片を作って断面を観察しました。ポラパックQはスチレン系の完球で輪郭がはっきりしています。図13は3時間コーティングした粒子の断面で,境界面で多少クラックがありますが,全方向に均一な膜が形成されています27)

図13 コーティングしたポラパックQの断面

コーティングした薬剤の溶出はクラックなど欠陥部からの流出もありますが,膜自体を薬剤が透過するものもあります。膜透過を測定するためにミリポアVSフィルター(孔径1000 Å)にTFE重合膜をコーティングし,塩化リゾチーム,シアノコバラミン,ニコチン酸の溶液を加圧透水装置で濾過させました。リゾチームは分子量14342の酵素タンパクで膜厚800Åになると殆ど透過しませんが,他の薬物は分子径が20Åと5Åで膜厚に関係なく100%透過します(図14)。あまり正確なことは分かりませんが,TFE重合膜のマイクロポアは20Å前後と想像されます。分子径による選択ろ過の素材としても使える可能性があるようです28)

図14 PPTFE膜のマイクロポアによる有機溶質の透過

生体液や環境試料で溶存アンモニアの測定が行われますが,センサーにアンモニア電極が使われます.原理は試料液を強アルカリ性とし,アンモニウムイオンがあればアンモニアに変え,既存のアンモニアと共にガス透過性薄膜でpHガラス電極に到達させます。ガラス電極のセンサーは円板状で,ガス透過膜に薄い水膜を介して接していますから,水膜はアンモニア濃度に対応したpHになっています。しかし問題はガス透過膜がアンモニア以外に低分子のアミン類を透過して妨害になることです。そこでガス透過膜にプラズマ重合膜をコーティングしてアミン類の妨害を阻止できるかを調べました。

市販のオリオン社アンモニア電極95-12には疎水性の多孔膜をガス透過膜として利用していますが,その本体については公開していません。われわれは疎水性の多孔膜としてフッ素系のフロロポア(FP-010)とポリカーボネート製のヌクレオポア(NP)を選び,オリオン社のものと比較しました。オリオン社製とFP-010はアンモニア濃度に対しネルンスト応答をしますが,いずれもブチルアミンの添加に応答があり妨害となりました。この妨害はFP-010にTFE重合膜をコーティングしても残りました。最後にNPに750Åの膜厚でコーティングしたものはブチルアミンに応答せず,TFE重合膜は揮発性有機アミンの透過バリヤーとして機能することが分かりました。ただTFE重合膜が厚いと応答速度が低下するので,予めNPに薄いプロパルギルアルコールの重合膜をコーティングし,その上に比較的薄いTFE膜を重ねてコーティングすることで応答速度を上げ,同時にアミン類への応答を無くすることができました。これら3種の膜の電位応答を表6に示しましたが,アンモニアに対する応答はほぼ同じで,アミン類に対する応答はNPに二重膜をコーティングしたものが著しく小さくなっています29)

表6 アンモニア電極の揮発性アミンに対する応答

プラズマ重合物は繰り返しの化学構造を持たない立体網目ですから物性の予測がつかず,ある程度試行錯誤で結果を探します。気体の透過性も網目構造の中で気体分子と重合物との親和性や網目内での易動性で決まるので複雑な要素が関係します。とりあえず空気中の酸素を優先的に透過する重合膜を探して見ました。酸素富化膜は自動車エンジンのパワーアップや携帯用の酸素吸入装置などに有望ですがまだ実現していません。プラズマ重合膜は薄いので限外ろ過膜の上にコーティングして用いますが,ミリポアVS(250Å)またはヌクレオポア(150Å)を基材にして試みました。測定には図15のような液体用の限外ろ過装置を流用し,試料液の代わりに3Kg/cm2の加圧空気を加え,分離膜を通過した気体中の酸素濃度をガスクロマト法で定量しました。

図15 酸素透過膜の特性試験装置

基材のミリポアは不均一な多孔性で平均径より大きい孔があるためか,酸素分離が進まず,一方ヌクレオポアは均一径が膜面に垂直に構成されていて,高い分離性が得られました。色々なプラズマ重合膜を800Åほどの厚さにコーティングして透過空気中の酸素分離係数(酸素富化率)を計ると,表7のようにTFEとテトラメチルシランが高い分離能を現しました30)

表7 異なるモノマーのプラズマ重合膜による酸素透過特性

5-1.おわりに

半世紀前に始まったばかりのプラズマ化学は,何世紀も前から研究が積み重ねられた近代化学の分野では新参者で,大学の化学教育にも一般的には取り入れられていません。常圧,常温という地球上の特殊環境では,分子や原子を構成する素粒子が安定なエネルギー状態に保たれていて,熱運動による相互衝突で起こる電子の交換が主たる化学反応の理由でした.真空に近い低圧で電場をかけ電子を加速させると気体放電が起こることはネオンサインの利用でかなり以前から知られていましたが,何分ガラス管内の出来事であり,電気工学の対象と考えられ,化学者は近年まで無縁の世界と思っていました.人類が地球から飛び出して宇宙空間に遊泳しようと言う段階になって,始めて低圧空間で何が起こるかに関心が持たれました。打ち上げたロケットのプラスチック外壁が何故か表面から減ってゆくことから,原子状酸素の仕業と気がついて,これから人工的な低圧空間内で酸素を放電によって解離し,有機物を除去するプラズマ灰化の装置が作られました。

これを契機に半導体のレジスト除去,シリコンのエッチング,プラスチック表面処理,プラズマ重合によるコーティングやろ過膜の作成など急速なプラズマ関連技術が展開しました。工業規模の点では半導体関連が圧倒的に巨大ですが,そこでの化学反応は定型的に成熟しかけており,これからの研究分野としてはプラズマ重合によるコーティング膜関連に関心が持たれます。分析化学者の一人として膜の多角的な利用研究が広がりを見せることを期待しています。

本研究では入手困難なテトラフルオロエチレンやジブロモテトラフルオロエタンなどをダイキン工業株式会社研究所からご提供頂きました。ここにご好意を深謝いたします。

6-1.参考文献

1)C. E. Gleit, W. D. Holland: Anal. Chem., 34, 1454 (1962).
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